地底獣国

幻の湖の地底獣国のレビュー・感想・評価

幻の湖(1982年製作の映画)
3.6
「シロ!勝ったわ!」
「お前なんかに!琵琶湖に沈んだ女の恨み節なんか‼︎」
ブシャァァァッ
ドドドドドドドド(ロケットエンジンの轟音)ドッ(館内爆笑)

かねてよりその存在だけは知っていた怪作「幻の湖」を遂に目撃したのは今を去ること約20年、大阪難波に存在していた南街会館に於いてでした。

ジョギング(というよりもはや中距離走)を日課とする風俗嬢が、非業の死を遂げた愛犬の敵討ちを誓う(ジョン・ウィックに先行すること30年)という話に、何故か外国の諜報員、宇宙飛行士、戦国時代、輪廻転生といった喰い合わせの悪そうな要素をガンガンぶち込んで煮込んだ闇鍋のような映画。

ひとつひとつの素材がしっかり主張していてそれが全体として不協和音を奏でており観るものを混乱の渦に巻き込んでいきます。中盤と終盤のランニングバトルとか明らかに冗長なんだけど、深夜に2時間半もこの奇妙奇天烈な代物に付き合って、いい加減こちらの脳もどうにかなってるところにアレを観せられるんで皆爆笑せざるを得ないんですねぇ。

日本映画史に残る数々の作品の脚本を手掛けてきた橋本忍氏が何故キャリアを溝に捨てるようなホンを書き、監督したのか?その経緯は橋本氏の手によるノヴェライズの後書きに詳しいようなのですが現在入手困難(楽天市場で9万円台)で、やむなくそこからの引用が載っている「映画秘宝vol.6」と「トンデモ本の世界S」より孫引します。

「『八甲田山』のロケ中に、私(橋本氏)はブナの木に話しかけた。

(寒くはないの、こんなところにジッと立っていて......)

ブナの大木はなにもいわなかったが、私にはこういっているような気がした。(中略)
そのときに動く絵が浮かび上がったが、カラーではなく白黒だった。

日本髪を振りみだした若い女が、 出刃包丁 を構え体ごと男へぶつかっている。五、六年前から企画に上がっていた、縄文期から、過去、現在、未来に渡り、生まれ変わり生き変わる若い一人の女の徳川時代の幕切れの一コマである。(中略)

『八甲田山』の現場が三年にも及んだため、随分長い間タイプライターには手を触れていない。それに今度それを叩くときには、今までの電動を越えたコンピューターを内蔵のもの、万能の記憶力と計算力の無機物な心臓のLSIのタイプライターになる。私は指先をもう一度折り曲げ、窓の外の風景を見て呟いた。

(エル、エス、アイか......) (中略)

五十六億七千万年後に、生き変わり生まれ変わり、未来永劫を生き続ける菩薩像

それが琵琶湖の畔りにあるのを発見し、衝撃と興奮のあまりしばらくはものもいえなかったのは、『八甲田山」 が完成してから半年後の秋である。

出刃包丁の若い女と、LSIだけではだめだが、仏像を基本におけばなんとか話は成り立つ。

出刃包丁を構えて男にぶつかっていく、日本髪を振りみだした黒い紋服の女―――これを徳川期ではなく現代にもってくる。

左には人間が創り出した全知全能ともいうべき科学の粋のLSI。

右には善も悪も包含し未来永劫まで生き続ける十一面観音の菩薩様。

この三つを組み合わせれば話は展開する」

書き写してるうちにクラクラしてきました…。

何をもって話が展開できると踏んだのか、私如き凡人には知る由もありませんが、企画会議では「仏像とLSI は違うものではなく、仏像自体がLSIを内蔵しているのだという意見もあった」とかで、どうも皆さん「八甲田山」の過酷な撮影を経てハイになりすぎた状態から回復できないまま制作に傾れ込んでいったんじゃ?という気がします。

「自分の犬を殺した男に復讐していく女の姿から、なにか不可解で未知で永遠なもの・・・・・・
それだけを読者に感じてもらえばと思っていたが、それさえ可能かどうかは自分には自信がない。そんなことよりこの作品がどんなものになっているのかさえ今の私には分からない。」と橋本氏は記してますが、恐らく本作を見る人の多くは不可解で未知の永遠なるものを感じることでしょう。

少なくとも私を含めあの時あの劇場にいた観客は皆感じ取ったはずです。
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