COZY922

善き人のためのソナタのCOZY922のレビュー・感想・評価

善き人のためのソナタ(2006年製作の映画)
3.9
どんなに厳格な統制も人の良心まで統制することはできない。

舞台はベルリンの壁崩壊前の東西対立の続く東ドイツ。国民はシュタージ(国家保安省)の厳しい監視下に置かれ、西側スパイとおぼしき者や反体制分子は当局によって弾圧されていた。当時、数十万人にのぼる一般人がシュタージの協力者・密告者だったというから驚く。思ったことを安易に口にしようものならどうなるかわからない忌むべき暗黒の時代。

シュタージの有能な大尉が、反体制派の要注意人物である1人の劇作家の監視(盗聴)任務を通じて彼らの生き様を知るにつれ、良心の苛責に苛まれていく。大尉の心を動かしたのは何だったのか。

終始暗めで抑えたトーンの画面と、無表情な中にも葛藤や迷いが見え隠れする大尉の目。饒舌とは言えないセリフとわずかな表情の動きで心情が語られる寡黙な映画だけど、水がしみ込むようにとても静かに、だけど確かに少しずつ心が揺さぶられる。

この大尉はとても生真面目な人なんだと思う。生真面目な愛国者ゆえに国のやり方をそれが正義だと信じて愚直に従ってきた。無表情なのも、独り身の寂しさを意識しないよう 感情を押し殺して生きてきたせいかもしれない。自分とは違う作家の生き様、彼らの視点で語られる政府、ファンだった女優の苦悩、殺伐とした空気を一変させるピアノの音色など、知り得た全ての積み重ねが理屈では説明し難い感情となり彼を突き動かしたのだと思う。

今年の5月、チェコへの旅の際に立ち寄ったベルリンは壁の跡や史跡, 当時を綴る書や写真はあちこちで見られるものの街自体は一介の旅人の目には至って普通で旧西側と何ら変わらない佇まいだった。ベルリンの壁崩壊から26年。多くの人生と歴史があって平和な今がある。

ラストのセリフ。短いけれど万感の想いを感じた。『私のための本だ。』
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