アダプテーションの方向性としては「じゃじゃ馬」ケイト(エリザベス・テイラー)の変貌ぶりを可能な限り説得的かつ肯定的にみせようとするもの。最終的に成功しているかはともかく、最大限の仕事をしていると思う。
ペトルーキオがケイトを上へ上へと追い詰めていくシーンはむしろホラーだと感じる人も多いだろうなとは思うのだが、登場時の不機嫌なケイトは明らかに自家中毒気味で痛々しい(この点ではエリザベス・テイラーがちょっと「年増」なのがかえってちょうどいい)。ケイトにとっては家父長制という鳥かごのなかで無意味な抵抗をし続けるか、社会の規範に従属subjectすることで自分で人生を切り開いていく主体subjectとなるのか、という選択だったことが見えてくる。
ペトルーキオ(リチャード・バートン)側も結婚直後の段階では模範的な領主とはいえず、アンガー・コントロールもできていない。ケイトがやってきたことで城館がきれいになっていく様は「美女と野獣」っぽさがある。
ケイトが家父長制・強制的異性愛に包摂されるというよりは、もともと市民社会に不適合だった2人が、少しずつ他人をいたわることの価値に気づいていく物語のような気がした。
最後のケイトのスピーチのところは、ビアンカまで巻き込むなよ、とは思ったけど。
あとリチャード・バートンが黒澤時代劇に出てくる三船敏郎みたいだった。