我々世代には特に伝説的な映画であろう。
ボク達はリヴァー・フェニックスが存命している時を知っていた。
20年以上ぶりに観たがやはりゴーディとクリスと別れるシーンは更に胸に迫る。
12歳の少年達が旅に出て、行くつく先は死体である。
それはつまり人生の終着駅。
無敵だった12歳の少年は死=終わりを知る。
13歳になると進学コースと職業訓練コースに分かれ大人への階段を登っていく。
12歳は少年が少年でいられる最後の季節かもしれない。
スティーブン・キングらしいパイの大食いエピソード(これってほぼキャリーじゃん)。ボクが好きだったコリー・フェルドマンつーかテディの父ちゃんとのエピソードなど今でも凄く記憶に残っている。
話しは変わるが映画の点数なんてくだらない。
例えば映画「プライベート・ライアン」は映画としては完璧ではないが最高だったりする。
フィルマークスをやるからには勝手に点数から逃げたらダメだと思い点数を付けるが点数が高い=好きな映画ではない。
なので敢えてこのサウンドトラック含め、思い出の映画に文句を言うと
「私は自分が12歳の時に持った友人に勝る友人を…
その後、持ったコトはない。
誰でも…そうなのではないだろうか?」
これは違うし、後ろ向き過ぎて嫌いだ。
少年はやがて行く先に待つのは死だと知る。
だが、どうせ誰しもが死から逃れられないなら今ある生を楽しみべきでは。
大人になった作家ゴーディがこの想いでを綴っている場面。子供が早く出かけようと言っているのに大人になったゴーディの耳には中々入らない。
現実にはそんな事幾らでもあるだろう。だが、映画で観ると過去にとらわれた男だとしか思えない。
冒頭から車内で過去を振り返る場面からどこか現実逃避を感じる。
人生は少年時代が終わっても続く。映画でもあった通り敷かれたレールの上だけではなく、レールを降りて森を抜ける事だって出来るのだ。
ノスタルジーは悪いけどじゃない。素晴らしいと思う。
ただ、今は今の素晴らしさがあるっていうシーンがあればもっと胸に迫っただろう。
ゴーディがパパになった現在が幸せであるように。
例え少年時代のような友人がいなくても。