おかだ

パンズ・ラビリンスのおかだのレビュー・感想・評価

パンズ・ラビリンス(2006年製作の映画)
4.5
デルトロファンタジーの原点


先月に観た「ナイトメアアリー」がとても良かったこともあり、ギレルモデルトロ監督の代表的な過去作を振り返ってみようのコーナー。

まずは初期作群の中でもとりわけ評判の良い「パンズラビリンス」。
物語の後味の悪さや奇怪なクリーチャーデザインなどが有名な作品です。


早速感想ですが、ギレルモデルトロがファンタジー映画の本質に向き合った極めて真摯かつ娯楽性の高い作品でした。

物語はスペイン内戦の禍根が残る1944年スペインを舞台に、父を亡くし身重の母と共に暮らす幸薄の少女オフェリアがある日自らを導く森の妖精と遭遇し、3つの試練を課され…というもの。

いきなり言ってしまうと、妖精が登場するファンタジーパートというのは、実は丸ごとオフェリアの現実逃避のための幻想という構成になっている。
すなわち、戦時中の苛烈すぎる現実と逃避のためのファンタジーが共存するあまりにも強烈な世界観が今作の特徴である。

なので妖精やパンらは、オフェリアが母の再婚相手であるスーパーファシズム大尉の元に連れてこられたタイミングや、母の死など、オフェリアのあまりにも耐え難い事実との対面を契機として登場する仕掛けだ。

一般的なファンタジー映画ならば、彼女が奇妙な空間で妖精を引き連れて試練に挑戦するファンタジーパートを軸に据えるはずだが、今作ではそのようなパートが苛烈な現実、独裁主義のフランコ政権派とゲリラとの戦闘などのパートと地続きになっているという特殊な切り返しが頻発する。

なので当然に迎えるべきあまりにも救いのない現実パートでのエンディング。
ここでのファンタジーパートの幕引きとのあまりにも強烈な対比が印象的過ぎて鑑賞後はしばらく打ちのめされる。

かようにファンタジー映画の、おとぎ話の本質をあまりにも深く露骨に突いた構成と、奇怪なクリーチャーや迷宮や衣装を始めとしたハイレベルな美術など素晴らしい点を挙げ始めると枚挙にいとまが無い。


そのほか個人的に気になった点は、同じデルトロの戦時中ファンタジー「シェイプオブウォーター」との共通項か。

例えば悪役たる人物に起きる人体損壊によって、内面の醜悪さがレンズの元に晒される描写。
これはシェイプオブウォーターの彼の指が切り落とされて付け根が日に日に黒ずんでくるという演出と、今作の大尉の口元が裂けるあれが共通する。
ここでは、デルトロがたびたび語っている人間と醜悪なクリーチャーとの違いの無さという主張が映画的演出の中で為されている。

また、シェイプオブウォーターでは、今作と比べるとファンタジーパートと現実パートの境界がやや曖昧であったので、ラストの解釈がそれなりに別れるという事象があった。
比べると今作は序盤から非常に明確に切り分けられており、細かいポイントではマンドラゴラに垂らす血液が2滴であり序盤に処方された薬品の用量が無意識に反映されているなど、とにかくラストの解釈も非常に分かりやすく作られている。

なので「パンズラビリンス」を先に観ていた人は恐らく「シェイプオブウォーター」鑑賞時にも、『あぁなるほど。』と思ったことであろう。
そして一方で、シェイプオブウォーターではファンタジーパートをあえて明確に切り分けず「美女と野獣」のような典型的な多様性認容のプロットに落とし込んだ点が幅広い映画ファンに支持されたポイントだろうか。


いずれにしても、ギレルモデルトロのファンタジー映画の捉え方はまさしく娯楽の本質そのものであるし、だからこそ「ナイトメアアリー」も「シェイプオブウォーター」もそして今作も、舞台が戦時中という点で共通している。
「ベルファスト」や「カイロの紫の薔薇」のレビューでも触れたが、あくまでも娯楽としての映画は、苛烈な現実からの逃避としてこそ存在する。

そして今作では、そんな逃避の中での気づきが、現実にまたフィードバックされていくという図式をオフェリアという少女の成長譚として描き切った、この上なく素晴らしい作品に仕上がっていると思う。

彼女がファンタジーパートでとってきたいくつかの不可解な行動は、ドクターのあのセリフとラストの彼女の幻想により明らかになった。
それはすなわち、自らの意志で正しい選択をすること、現実と向き合って生きていくことの尊さに他ならない。
これはドクターがこの台詞をストレートに放った現実パートだけでも、彼女が義弟をギリギリで救う決断をして報われたファンタジーパートだけでも伝わりきらなかった力強い主題であり、これこそが紛れもなくオフェリアの成長を示していた。


長くなってしまったけれど、多少(?)のゴア描写に耐性がある人は絶対に観てほしい超絶オススメの作品。
アカデミー賞作品賞も獲っており知名度のある「シェイプオブウォーター」を問題無く鑑賞できたという方は特に。
おかだ

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