みおこし

第七天国のみおこしのレビュー・感想・評価

第七天国(1927年製作の映画)
4.0
時は第一次世界大戦前夜。パリで下水道の清掃人をしている青年チコは、いつか太陽の下で働ける道路清掃人になれると信じて日々仕事にいそしんでいた。ある日の仕事終わり、姉から虐待を受けている娘ディアーヌと出会い、不憫な彼女を自らが住んでいる下宿屋の7階に一時的に匿うことになる。人生に絶望していた孤独なディアーヌは、貧しいながらも希望と誇りを胸に生きるチコに想いを寄せるようになる。

記念すべき第1回アカデミー賞で3部門を受賞、作品賞にもノミネートされたサイレント映画の傑作。噂はかねがね聞いていたのですが、今から約94年も前に作られた映画とは思えないほどに心打たれる究極の純愛映画でした。セリフはないけれど、それでも思わず涙…。いやぁ、真の傑作は時代も言語も容易く乗り越えられるんだなと改めて映画の素晴らしさを実感しています。

本作のチコとディアーヌは、明日を生きるための食事を賄うことさえギリギリの状態だし、娯楽や趣味とは無縁の中ながらも日々を懸命に生きています。それでもなお、「下を見るな、上を見ろ」と常に自分を鼓舞しながら希望を信じて生きるチコ。どんな状況下でも、”上を向く”ことを忘れてしまったらどんどん心が死んでいくから、絶対に”下を見る”のは良くないんですね。(ちなみに坂本九さんのあの名曲は本作からヒントを得ているんでしょうか…?)生きることに絶望していたディアーヌも、そんなチコの姿に感銘を受けて、人生のきらめきを再発見していくわけですが、その様子を見ている2021年の私たちも同様にチコに勇気づけられるなぁとしみじみ。
対照的なこの2人の恋愛模様はきわめてプラトニック。特に前半は、素直になれないチコと、おしとやかながらも実は情熱的なディアーヌの押して引いて…のやり取りがみどころ。ツンデレを体現したようなチコは、ディアーヌに対して最初は口も悪いしぶっきらぼうな態度しか取らないんですが、やってることは優しさに満ちていて思わずキュンキュン。100年近く前からツンデレ要素って存在したんですね(笑)。しかも演じるチャールズ・ファレルは非常に現代的なお顔立ちの超イケメン!MARVELヒーローとして登場してもおかしくないくらいのがっしりした体形と、ちょっといたずらっぽい微笑みが魅力的でした。一方のディアーヌに扮したジャネット・ゲイナーは本作で第1回アカデミー賞主演女優賞を獲得したレジェンドで、彼女も可憐なディアーヌ役にぴったりでとても良かったです。

後半は作品のテイストが一気に変わって、第一次世界大戦が絡んだ壮大な展開に…。もちろん近年の恋愛映画に感動することもあるのだけど、今の映画で描かれるカップルたちはこの時代に比べたら経済的にも安定していて、スマホやPCなどのメディアで簡単に連絡を取ることもできるわけで。よほどの状況でない限り、”もう二度と会えないかもしれない”という感情とは無縁ですよね。だからこそ、あのウェディングドレスのシーンでは涙腺崩壊。そこからの展開は少々ツッコミどころもあったものの(笑)、思いがけないラストシーンでまた涙。言語化できない微妙な感情を、セリフではなく表情だけで体現できる主演2人の圧倒的な演技力に唸るばかりでした。

まさに「心洗われる」とはこのこと。100年近く前の人々の純愛、そして必死に人生を貫く姿を観ていると、何だか2021年を生きる自分が直面している悩みや愚痴がとてもちっぽけなものに思えて、恥ずかしくなってしまうほど…。活弁入りで観られるので、ぜひクラシック映画入門として色んな方にご覧いただきたい1本!
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