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自殺への契約書のukigumo09のレビュー・感想・評価

自殺への契約書(1958年製作の映画)
3.7
1959年のジュリアン・デュヴィヴィエ監督作品。サイレント期の1919年に監督デビューしてから最後の作品『悪魔のようなあなた(1969)』までの長い間、フランス映画史を支える名作を数多く残してきた。1930年代の作品は特に日本の知識層に大変人気があり、高く評価されていた。『にんじん(1932)』『商船テナシチー(1934)』『白き処女地(1934)』『地の果てを行く(1935)』『望郷(1937)』『舞踏会の手帖(1937)』などキネマ旬報ベストテンの常連である。フランスの映画史家ジョルジュ・サドゥールは著書『世界映画全史』で「この監督は、東洋の一小国だけにおいて、過大な評価を得ている」と記しているのも興味深いところだ。
第二次大戦が激化するとアメリカに逃れ、ハリウッドでも作品を作っている。戦後、フランスに帰国してからの最大のヒット作はフェルナンデル主演のコメディ『陽気なドン・カミロ(1951)』と続編『ドン・カミロ頑張る(1953)』だ。この時期犯罪映画もいくつか手掛けており、一流シェフを演じるジャン・ギャバンがぼろぼろの姿で訪ねてきた訳あり娘ダニエル・ドロルムに翻弄される『殺意の瞬間(1955)』の雰囲気やラストの怒涛の展開などは『自殺への契約書』へと引き継がれる。

『自殺への契約書』は第二次大戦中レジスタンスとして活動していた10人が15年ぶりに再会するところから始まる。元リーダーのカスティルがゲシュタポに殺されたのを悼む会合だ。この映画のほとんどは会合が行われるピカール(ポール・ムーリッス)の館が舞台となっている。遅れてやってきた仲買人のマランバール(ポール・フランクール)で全員揃うと、食事が始まるのだが、発起人であり唯一の女性マリー(ベルナデット・ラフォン)やピカールの顔は冴えない。というのも彼らにはこの会合に別の目的があったからだ。ピカールの援助でマリーは洋裁店を営んでおり、偶然店に来たドイツ人からカスティルが殺された襲撃事件にはレジスタンスメンバーからの密告があったと知らされる。そのドイツ人は元ナチスの情報部将校であったが密告者の名前は忘れたようだ。そこでマリーはピカールに相談し、裏切り者を暴き出すために皆を集めたのだった。この計画を聞かされた一同は賛同する者も反対する者もいたが、ピカールは気にせず、密告者には遺書を書いてもらい拳銃で自殺してもらうと宣言する。これには神父のイーヴ(ポール・ゲール)が聖職者の立場から反対する。しかし彼は戦時中浪費家と知られ、その借金苦から裏切ったのではと疑われる。疑いが晴れると次は事件の日に不在だった者へと疑いの目が向けられる。錠前屋ブランシュ(ロベール・ダルバン)は高熱で寝込んでいたと言い、今度は弁護士のシモノー(ベルナール・ブリエ)が疑われる。彼は途中までナチス支持者だった過去があり反論も歯切れが悪い。投票をすると神父の白紙以外は全てシモノーと書かれていたが確証もなく、休憩に入る。休憩の際、飲み物を運ぶ老女中まで疑われるなどピリピリした状態は続いている。
休憩が終わり、事件が起こったこの館で、当時の状況を再現しようと少しずつ人を動かしながら再現すると、ある人物の言動に綻びが見えてくる。

戦争から10年以上経ったこの映画の制作時であっても対独協力はフランス映画にとってタブー視されていたので、かなり挑戦的な作品と言えるだろう。2年前のアメリカ映画シドニー・ルメット監督『12人の怒れる男(1957)』に感銘を受けたデュヴィヴィエ監督は『自殺への契約書』を同じような密室での会話劇にしている。順撮りで撮られた本作は、役者たちには結末は伏せられたまま撮影が行われていた。誰が裏切り者かという映画の中で、役者たちはもしかしたら自分が裏切り者ではと思いながら演じていたことになる。ヌーヴェルヴァーグの批評家たちには当然のように批判された作品だが、良質な脚本であるのは疑いようがなく、役者たちの演技合戦も大いに楽しめる作品だ。
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