オーウェン

白い家の少女のオーウェンのレビュー・感想・評価

白い家の少女(1976年製作の映画)
4.0
丘の上の白い家。そこには他人を決して中に踏み入れさせない、ブロンドの髪の少女が独り住んでいた。
時折り、不埒な侵入者が現われることもある。少女は、それらをいつも冷たく追い払った。
家主である横暴な夫人に、憤った少女は、夫人を亡き者にした。

唯一、彼女の心を開かせた青年との淡い恋も、悲しい結末を迎えた。
やがて夫人の息子が、母親を探しに、いや少女を強請りにやって来る。
その時、少女の取った行動は、いつものように冷たく、死を孕んだものだった---------。

彼女の両親はどこにいるのか、それは少女だけの秘密だった。
なぜ彼女には死のイメージがまとわりつくのか、それも少女しか知らない。
少女の名前はリン。白い家の中では、一体、何が起こっているのか?

「白い家の少女」は、ショパンの調べに乗せて繰り広げられる、冷たくも悲しい少女のサスペンスに満ちた物語だ。

主演は、若き日のジョディ・フォスター。子役からの脱皮に成功し、その後、監督業にも進出するなど、いつの時代も旬のスターであり続ける彼女だが、13歳の娼婦を演じて世界中に衝撃を与えた1976年の「タクシー・ドライバー」に続く初主演作が、この「白い家の少女」だ。

当時のジョディ・フォスターは、「タクシー・ドライバー」や「ダウンタウン物語」の歌姫など、大人びた過激な役が印象的だったが、この映画では年齢的に相応の少女を演じている。

しかし、その透明かつクールな謎めいた存在感は、この映画で一層強調されており、子役から少女、そして大人へと揺れ動く過程にある彼女の、ある時期にしか醸し出されない、危うい魅力が満ち溢れている。

また、大人のように独りで暮らし、身辺を脅かす者を無表情に殺害していく少女という奇抜な設定も、彼女だからこそ、映像ならではの説得力を持たせることに成功したのだ。
その意味でもこれは十分に、ジョディ・フォスターのスター映画たりえていると思う。

そんなジョデイの雰囲気に合わせてか、ニコラス・ジェスネル監督のサスペンス演出も、決してこけおどしになることはなく、あくまでも静かに恐怖のドラマが進行していくのが、実にいい。

また、当時ジェームズ・ディーンの再来と言われていた、「地獄の黙示録」でブレイクする前のマーティン・シーンが、変質的でエキセントリックな若者を演じているのも、今となっては貴重な映画になっていると思う。
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