南

X-MEN:ファースト・ジェネレーションの南のレビュー・感想・評価

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マシュー・ヴォーンが監督した今作を観て初めて「X-MEN映画おもしろ!」と思いました。

社会的マイノリティと、恐怖と差別意識から彼らを迫害する人間。

現実社会の問題を描きつつも、固くならないどころかエンタメとして完成されている作品です。

プロフェッサーにスカウトされた若いミュータントたちの部活&飲み会ノリはこっちまで楽しくなるし、

後年の『キングスマン』に通じる訓練シーケンスやスパイアクション要素までワクワクポイント盛りだくさん。

ブロマンス描写でニマニマさせるプロフェッサーとマグニートーですが、

終盤の会話がとても印象的でした。

大砲を撃ってきた軍艦に反撃をしかけるマグニートーと、彼を制止するプロフェッサー。

「よせ、軍艦の兵隊たちは善良な人間で、上官の命令に従っただけだ」

「そういう連中が俺を虐げてきた」

思わず唸ってしまったセリフです。

今作は1962年のキューバ危機を扱っていますが、前年の1961年にはホロコーストの現場で辣腕をふるったアドルフ・アイヒマンが裁判にかけられています。

そこで明らかになったのは、アイヒマンはポリシーや大義など皆無で、ひたすらヒトラーの命令に従っただけの"優秀な小役人"に過ぎなかったということ。

その人間性をハンナ・アーレントは"banality of evil (悪の凡庸さ)"と表現しました。

そしてこの

「権威の裏付けがあれば、人間はどんな残酷な行為もできてしまう」

という性質は、アイヒマンに限らず広く人間一般に当てはまります。

それを明らかにしたのはキューバ危機の翌年、1963年のミルグラム実験でした。

「そういう連中が俺を虐げてきた」

短いセリフの中に、マグニートーが憎悪する人間の醜さが全て説明されています。

さらに悲劇的なのは、

マグニートーはナチスの優生主義思想で迫害された人物に関わらず、

次第に

「我々ミュータントは人間よりも優れた存在」

と、自分が優生主義に傾いてしまうこと。

しかしマグニートーは同時に、ミスティークのありのままの容姿を唯一受け入れるなど、「同胞」にはひと一倍寛容な姿勢を見せます。

『許されざる者』のように誰が正義とも悪とも言い切れない人物造形、それもまた本作の魅力です。

マシュー・ヴォーンは期待を裏切らない!
南