半兵衛

本日休診の半兵衛のレビュー・感想・評価

本日休診(1952年製作の映画)
4.0
戦争の傷痕が生々しい東京を舞台に、休診の日に留守をしていたがために様々な治療やトラブルに巻き込まれる医者(柳永二郎)の眼を通して戦争の後遺症や悩みを抱えつつも前向きに生きようとする人たちを描いたヒューマンドラマ。

全体的には温かい松竹らしいホームドラマの雰囲気に包まれているが、時折ヒロインを犯した暴行魔や住まいが持てず廃線になった電車で暮らす家族、病院の治療費が払えず退院する前に逃げ出す患者など裏街道を生きる人たちをクールに見つめる視線が感じられる。そこにはいくらヒューマニズムや優しさを唱えても、それでは救われない人間がいるのだというドライな作り手の思考(原作者の井伏鱒二よりも監督の渋谷実のもの)が感じられ作品に苦いスパイスをもたらす。この作品のように渋谷監督の映画を斜に構えて撮影するドライなスタイルは、川島雄三や前田陽一などに引き継がれる。戦後の東京の焼け跡が未だ残っている風景を捉えたカメラも貴重。

いつもは政治家や顔役といった大物の脇役を演じることが多い柳永二郎が珍しく主役を演じている姿が何だか微笑ましい、中でも酒を飲んでいる最中なのに診察の依頼をされ周囲の反対を押しきって診察に行くときのコミカルな演技は必見。一方で病気や戦争の傷に苦しむ人々を優しく見つめる大きな包容力を表現し、人間ドラマに確固たる軸をもたらす。

そしてこの映画を語るうえで欠かせないのが戦争の傷が原因で精神がおかしくなってしまった三國連太郎の怪演である。発作が起こるたびに町の人たちを集めては演習ごっこをしたり、遊んでいる最中に柳の髪の毛を突然いじり始めたりと要所要所にしか出てこないのにあまりにクレイジーな演技をしているため他の役者を退けて一番目立つ事態になっている(ちなみに三國と岸恵子が共演している場面で岸が笑っているが、多分三国の演技が面白すぎてガチで笑っていると思う)。あと鶴田浩二、この映画でヘタレすぎるチンピラを演じていたのによくこの十年後に任侠の鑑キャラになれたね。

戦争という亡霊に悩まされ、明日がどうなるかわからない不安があるなか登場人物たちが夕景を見つめる切実さと希望が入り交じったラストが印象的。
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