南

トニー滝谷の南のレビュー・感想・評価

トニー滝谷(2004年製作の映画)
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友達のすすめで鑑賞。
これは良い映画を教えてもらった。

「幻想しか愛せない男」という、『めまい』や後年の『ファントムスレッド』にも通じる設定の主人公を、イッセー尾形が好演。

アイデンティティの喪失、
自分探しブーム、
ブランド品の大量消費による自我の糊塗

など、原作が発表された80年代〜90年代の転換点における日本の空気がよく表れているところも特筆すべきだ。

誰かがあらかじめ用意した「服」という、文字通りお仕着せの美意識で自分らしさを飾りたてようとする妻の虚しい営みに、時代性が凝縮されている。

対してイラストレーターのトニーは高い技術を持つものの、写実性を突き詰め、作品から彼自身の人格や個性を剥奪するという性向を持つ。

「作品に自分の思想や個性を込めるなど、洗練された表現方法ではない」
とまで述懐する。

"没個性"という概念をシンボル化したようなトニーの人格は、やはり80年代に流行していた「コンクリート打ちっぱなし」のモダニズム建築物を彷彿とさせる。

孤独や焦燥感は物質など外的な要因では決して埋められない。

『アメリカン・サイコ』『ファイトクラブ』などでも裏に表に語られた主題が、静謐さに満ちた演技、音楽、カメラワーク、編集でアレンジされた傑作である。
南