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トニー滝谷のERのネタバレレビュー・内容・結末

トニー滝谷(2004年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

 村上春樹の短編小説「トニー滝谷」の映画。雰囲気がめちゃくちゃ独特。人が話してるよりもナレーションが多く、そういう意味でも村上春樹の小説らしかった。

 この映画において、小説以上の効果を放っているのは、カメラワークによる効果だと思われる。
 序盤は固定カメラを用いて横方向に等速で動く撮り方を執拗と言って良いほど何度も繰り返している。しかし、主人公が結婚した中盤に差し掛かると、固定カメラはほとんど使われなくなる。その代わりに、手持ちカメラでの撮影が行われるようになり、主人公の感情の変化と共にカメラワークに人間味が出てくる。
 さらに、終盤になると、再び序盤と同じように固定カメラでの撮影が行われる上に、固定カメラを下の位置から動かさずに撮影する「煽り」の手法が多様されるようになる。これにより画面に閉塞感が生まれて、主人公の「孤独」がカメラワークによって表現されている。

 市川準監督は、観てる側がカメラワークに目を向けるように、意図的に仕向けているように思える。ナレーションメインで同じようなカメラの動きを何度も繰り返すことで、撮影方法を印象深いものにしている。物語は無感情に淡々と進行していくが、カメラワークで「変化」が読み取れるようにしていることを序盤から示唆しているようである。

 カメラワーク以外にも、坂本龍一が奏でるピアノの音色や、車やバスによる移動も映画の中で「変化」を与えている。特に車のシーンは大きな転換場面であり、実際に車を走らせることで静寂を保ち続ける映画に「動き」が発生している。この車を運転しているのはこの映画のヒロインであるが、部屋の中で孤独を胸に秘めたまま「静か」に暮らしている主人公と、車を使い活動的に服を買い集めアイデンティティを外に求めて「動く」ヒロインとの対比を表しているのかもしれない。
 個人的にヒロインが車に乗って「動く」シーンにおける、ボンネットと道路だけを撮影して車の移動を固定化により表すカメラシーンがめちゃくちゃ好き。この車の移動方法は唯一無二な手法のように思える。

 村上春樹の小説を映像化することは、あの独特の文体やクセの強い登場人物のセリフ回しを、違和感なく現実の世界に適合化させないといけないため非常に難しいことのように思える。そう言った意味合いで、「トニー滝谷」は村上春樹の個性を残しつつ、カメラワークや音楽などで作品への余韻を強め、映画にしかできないことを用いて村上春樹の小説世界を一層奥深いものにした作品のようだった。
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