P太郎

犬神家の一族のP太郎のネタバレレビュー・内容・結末

犬神家の一族(1976年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

人生で初めて見た映画であり、自分の美意識とか価値観とか諸々の形成に関わった映画。
大好きである。

暗くて陰鬱な、大きな大きな御屋敷。
それと相反する爽やかな青木湖、美しい緑、やや寂れつつも穏やかな町。
どれをとっても美しい。
出来れば今の画質が良すぎるモニターではなく、ブラウン管テレビ等ちょっと画質が悪い媒体で見ると、よりおどろおどろしさが際立って良い。

原作と比べてみると、登場人物全員が愛情深く、上品で、人間味があると思う。
原作の松子夫人は、佐清を「跡取り」として大事にしている印象であるが、本作では「息子」として愛しているように見受けられ、原作ほど冷たい印象ではない。
原作の珠世はもっと底知れぬ、油断ならない女(実際は違うが)であったが、本作では最初から感情を読み取れるシーンがあったりと人間味のある女として描かれていた。
他にも竹子や梅子は若干性格が丸くなっているし、小夜子に至ってはよく言えば可愛げが出た、悪く言えばヒステリックな女になった。原作の彼女はもっと冷静で、暗い女であった。
あと原作の大山神主はもっと下品な俗物であった。

この違いの原因は、以下3点のようなものではないかと考察する。
①昭和という時代において映画化するにあたり、「母の愛」「家族愛」などを盛り込んだ方が大衆受けが良さそうだったから
②昭和における女性観、家族観を反映させた結果
③監督と私の原作を読んだ時の受け取り方が違う

原作ファンとしてはキャラクター描写の違いなどが気になる気持ちもあるが、この市川崑版が好きという気持ちもあるため、ちょっとだけ複雑な心境である。





あと、映画本筋とは若干ズレるが、テーマ曲(歌詞付きver.)が最高に良い。
皆さんは公式のopなどを聞いて、その物語の内容や登場人物のその後に思いを馳せて「わかる…わかりみが深い…深い歌詞だな…解釈一致。」となった経験はあるだろうか。
私はこの映画&曲で初めて経験した。

メロディー自体が作品のテーマ曲であるから思い起こすのは当たり前ではあるが、何より歌詞がすごい。
本編前、戦争から帰ってこない佐清を待つ松子夫人の心境とも取れるし、愛を感じずに育った松子夫人が幼き佐清を育てている時に、愛とは何かを感じてる歌詞とも取れる。

または本編のその後、佐清の出所を待つ珠世の心境とも取れる。
2人の女性の「信じて待つ愛」が伺える。
個人的に市川崑版の犬神家の一族はサスペンスやホラーでもあり、なおかつ愛の話だと思っている。
松子夫人が夫に対してどんな感情を持っていたのかは明かされていないが、少なくとも(本作においては)一人息子の佐清に対しては間違いなく本物の愛情を持っていた。
そんな松子夫人が、最期に大切な佐清を愛してくれるか、待っていてくれるかを珠世に聞き、待つと返答を受けて安心して…という愛の受け渡しがあったのも思い起こされる。凄くいい。物凄くいい。

特に松子夫人に関しては、恐らく口にこそ出せなかっただろうが、佐清を戦争に送る時も「死んではいけない、どうか帰ってきて」と願っていただろうし、戦争からようやく帰ってきた佐清に対しては「母さん、お前だけは生きてると信じていた、お前が死ぬもんかと思っていた」って言ってた。
息子の戦死の知らせが届き、絶望の縁にいてもそれでも息子はきっと生きている、だから自分は死んではいけない。
長い夜を過ごしても朝を待って、息子の帰りを待たないといけない。
なぜならあの子はきっと帰ってくるから…という歌の通りの葛藤があったのではなかろうか。

個人的には金子由香利さんが歌っているバージョンが1番好きである。
時間があれば映画視聴後にぜひお聴き願いたい。
そしてぜひ歌についても解釈を聞きたい。


無料公開されたことで沢山の人がこの映画を観てくれて本当に嬉しい。

ロケ地の井出野屋旅館が売却されてしまったことはかなりショックであったが、来春に新しいオーナーで再オープンとの噂も耳にした。
どうか願わくば、撮影当時の状態が残されますように。
P太郎

P太郎