Jeffrey

マイ・フレンド・フォーエバーのJeffreyのレビュー・感想・評価

4.5
「マイ・フレンド・フォーエバー」

〜最初に一言、薬に手を出し25歳の若さでこの世を去ったレンフロの感情を抑えた芝居が胸にくる90年代の青春映画の傑作にして、まだ偏見に毒されていない少年の、純粋で自然な感情を素直な形で描いた、当時まだ少なかったHIVに対しての作品であり、マイノリティへの偏見を緑の夏の中で、静かに、ときには激しく、思いやりを持って描写された傑作である。だから大人が見ても感動する。これがデビュー作のピーター・ホルトンの卓越した演出力に驚く。まさに激しく心をとらえた名画であり、マッゼロ含む2人の子役(俳優と言うべきか)の芝居がどこまでも素晴らしい〜


冒頭、柵を通し会話する少年達。1人はHIV感染、もう1人は孤独。カートに乗って坂を下る2人。不良少年に絡まれ、ニューオリンズへの旅へ。船の中での窃盗、若者に追いかけられる、森と川、病院、死んだふり、母との交流。今、靴を灯籠流しの如く川に流すまで…本作はピーター・ホルトンが1995年に監督したブラッド・レンフロ、ジョゼフ・マゼロを主演にしたHIVに感染した少年と孤独な少年の友情を描いた家の感動作で、ようやく国内版のBDが発売され購入した久々に鑑賞したが傑作。いわゆる青春映画の傑作と呼び声が高い本作は、「ジュラシック・パーク」で注目を浴びたマッゼロに加え「依頼人」で映画デビューを果たしたレンフロの可愛らしさが満点の1本で、残念ながら2008年に薬のやり過ぎで25歳の若さで亡くなってしまったレンフロの輝かしい映画の1つである。何といっても脚本のロバート・クーンが良い。残念なのはゴールデン洋画劇場のフジテレビ版の吹き替えが収録されてないことだ。DVDには滝沢と今井翼の吹き替えが入っていたから、今回のBDにはさすがに2つの吹き替えが入ると思った…。

この映画は私がすごく気にいっているのは、生涯のベストフレンドのきらめく夏があまりにも短かったと言う残酷な話の中に於いて、救いようがある事柄が多くあったからだ。人生の最も多感な時期に、死と背中あわせに生きる少年と出会った健常者な少年、その心の軌道と成長を、丹精込めて描きあげたヒューマンドラマはやはり涙なしには今回も見れなかった。偶然の巡り合わせ、隣に引っ越してきたのは、HIV感染者。まずそんなことが起こる確率も少ないし、もう間に合わないと言われているその病気の治療方法を一緒に見つけに行く、そういった危ない病気とされていたにもかかわらず、偏見にも負けず、友情を元気に育む彼らの姿が本当に素晴らしかった。この作品は涙の後に胸いっぱいに広がる爽やかな思いがいつまでも消えずに残る数少ない素晴らしい子供から大人になろうとする瞬間の映画である。

輪血感染によるAIDSを使った初のハリウッド映画としても、長く記憶されるものになる事は言うまでもないだろう。そんな心の宝石のような本作を高画質で見れたのは非常に幸せである。そもそもAIDS患者の大多数を血液製剤による感染者が占める当時の日本では、この映画が投じる一石は大きかったんじゃないかなと正直思う。主演を見事に演じきったブラッド・レンフロのエリックの目を通して、われわれはエイズ患者の住む隣家を覗き見る。その日々の暮らし、共に生きる家族の姿、いわれなき偏見と無言の戦い。もしもエイズ患者の隣人を持ったとき、自分はエリックになれるだろうか?そんな問いかけが素直に胸に響いてくる本作は「ロングタイム・コンパニオン」以後作られてきた他のエイズ映画とは一線を画する独自の味わいを持っていると絶賛されていた。

その最も大きな特徴は、隣人との交流によって培われるエリックの成長が鮮やかに記録されていく点で、家庭の愛に飢えたエリックは、自身の孤独と重ね合わせるように他人の痛みを理解していく。彼は、苛酷な運命から目をそらさず生きる親友に、真の強さを教えられる。そして、友人の母の暖かな情愛に思いやりの心を見いだす。やがて避けられない死が友人に訪れた時、彼は悲しみよりずっと重い勇気と優しさを手にしているのだ。やはり主人公を演じた2人が良かった。特に健常者の立場からエイズ患者の少年を見続ける、大人びた視線を持つレンフロが際立っていた。画面に登場するだけで光り輝く存在感がある。なんだろう、少年ぽい風貌の中に大人の男のセックスアピールを感じさせる型破りな個性がある。確か、当時監督のピーター・ホルトンも、磨けば光る原石のようだ。本能、創造性、様々な力を秘めていると絶賛していた。

そしてAIDSに犯されたデクスターを演じるのは、スピルバーグの「ジュラシック・パーク」や「激流」の売れっ子マッゼロである。2人とも素晴らしかった。死の恐怖を真っ向から見つめる少年を見事に演じたマッゼロと何といっても母親役のリンダ扮するるアナベラ・シオラの好演が素晴らしかった。病に侵された息子を持つ母の心情を登場シーンの全てにほとばしらせて共感を呼ぶ彼女の演技は確か全米の批評家から多くの称賛の声が寄せられていたはず。感傷だけに陥りがちなドラマを生き生きとした感触でまとめ上げたのは、テレビ出身のピーター・ホルトンや陽光きらめくアメリカ南部の長閑な情景をとらえた撮影カメラマンも素晴らしいし、音楽を担当したグルーシンも良かった。そういえば、レンフロは麻薬乱用防止教育プログラムの劇で麻薬ディーラーを演じ、指導にあたった警官の推薦で「依頼人」に出演するきっかけをつかんだのに、薬で亡くなるのが本当に残念でならない。前振りはこの辺にして物語を説明していきたいと思う。



さて、物語は12歳の夏休み。僕エリックは、生涯忘れることの出来ない親友と巡り会った。彼の名はデクスター。赤ん坊の頃の輸血がもとで、AIDSに感染した11歳の少年だ。少し前に隣の家に引っ越してきた彼との付き合いは、白いフェンス越しに始まった。病気がうつるから家の中に入っていろよ。そんな言葉をかけても一向に動じないデクスターに、僕は強い興味を抱いた。エイズは本当に空気感染しないのか?もちろん。彼の言葉を信じた僕は、思い切ってフェンスを超えた。それ以来、僕たちは1日のほとんどを一緒に遊んで過ごすようになった。タイヤのチューブに乗って川を下り、彼を街のスーパーへ案内したこともある。野菜中心の食生活を送っていたデクスターは、生まれて初めて食べたキャンディーのおいしさにびっくりした様子だった。その帰り道、3人組のいじめっ子に絡まれたときは、僕が彼のボディーガードをかってでた。

けれども、どんな中傷にも負けない芯の強さを持つデクスターは、いじめっ子の事などまるで気にかけていないようだ。そんな彼が、僕はますます好きになった。デクスターは、ママのリンダと2人暮らし。僕も、ママのゲイルと2人で暮らししている。昼間は不動産会社で、夜は下町のコンビニで働くママは、生活に追われて僕のことを全くかまってくれない。23歳の恋人とニューオーリンズで暮らしているパパとも、長いこと音信が途絶えている。ご飯を食べるのは、いつも1人きりだ。そんな僕を、デクスターとリンダが夕食に招いてくれた。リンダは、デクスターのことをスウィーティと呼ぶ。それを気にして照れる彼をからかうのは、最高に面白かった。でも本音を言うと、本物の愛情で結ばれた2人の関係が、僕にはとっても羨ましく思えたんだ。デザートは、リンダ特性のチョコレートサンデー。

僕はあっという間に平らげたけれど、デクスターはほとんど手をつけなかった。AIDSの治療法が見つかったら、みんなで一緒に特大のサンデーを食べよう。僕の一言に、リンダがちょっぴり悲しそうな顔をした。デクスターとリンダのためにエイズの治療法を探そうと思いついたのは、この時だった。「ザ・スタンド」と言う映画を見たのと同じような特効薬が、現実にもあるはずだ。そう考えた僕は、まず、キャンディーを食べ続けると言う食餌療法を試みることにした。でも、これは気持ち悪くなるばかりで逆効果。そこで今度は、植物の葉を煎じて飲む作戦に切り替えた。ちょうどその頃、タブロイド新聞にルイジアナの医師が植物からエイズの特効薬を発見と言う記事が載り、僕たちは実験の正しさを確信した。ところがある晩、毒草を飲んだデクスターが病院に担ぎ込まれる事故が起きてしまう。

植物の種類をノートに記録していたおかげでデクスターは助かったけど、この1件から禁じられていたデクスターとの交際がママにバレてしまった僕は、サマーキャンプ行きを命じられることになった。こうなったら、ルイジアナのお医者さんに特効薬を分けてもらうしかない。僕は、リンダに心配をかけまいとして、ためらうデスクスターに、お前が元気になればもママだって喜ぶんだと言って説得して旅支度をさせた。真夜中、200ドル足らずのお小遣いと寝袋を揃えて、僕らは川を下り始めた。それは、デクスターにとっても僕にとっても、ワクワクする大冒険の始まりだった。途中、スピードアップを図るために便乗した船では、水着姿の女性にドキドキさせられる体験もした。

水遊びをしてはしゃぐデクスターは、普段よりも元気ないように見えた。が、一方で彼は、次第に重みを増していく死の恐怖と戦っていたのだ。僕は宇宙にいて、戻れない気がする。川緑にテントを張って過ごした一夜、ぐっしょりと汗をかいて目覚めた彼は、怯えきった胸中を打ち明けた。そんな彼に僕が唯一してやれるのは、自分のスニーカーを抱えさせることだった。こんな臭いスニーカーを抱えているんだ。宇宙にいるはずがない。スニーカーを見れば、エリックがそばにいることがわかるだろう?安心したデクスターはたちまち眠りについたけど、僕は彼の症状がだんだん悪くなっていることに気づいた。道草を食ってばかりいる船長たちにつきあってられない。僕は船の中に隠してあった金を盗み、陸路でニューオリンズへ向かうことに決めた。


しかし、その企みはたちどころに船長に見つかってしまい、僕たちは袋小路に追い詰められた。デクスターが驚くべき行動に出たのは、まさにその瞬間だった。僕の血は毒だ。一滴でお前を殺せるんだぞ。自らの体をナイフで切り付けて迫るデクスターに、船長たちは大慌てで逃げ出していた。ほっとしたのもつかの間、自分の言葉にショックを受けたデクスターは、その場にぐったりと沈み込んでしまった。それを見た僕は、冒険を終える時が来たことを知った。バスに乗って向かったのは、ニューオーリンズではなく故郷のミネソタだった。停留所で待ち構えていたリンダの手で、デクスターはすぐに病院へ収容された。僕が見舞いに行った時、彼はもう点滴だけで栄養とっている状態だった。それでもキャンディを差し入れると嬉しそうに目を輝かせた。電動ベッドで遊ぶのに飽きた僕たちは、デクスターが死んだふりをするいたずら思いつき、看護婦や医者を引っ掛けては大笑いした。

けれどもある日、その笑い声は永遠に聞かれなくなった。いつものいたずらの最中に、彼は静かに息をひきとったのだ。お葬式の日、僕はデクスターに別れをつげに行った。リンダは、あの子の辛い日々を、あなたが変えてくれたと言ったけど、僕の方こそデクスターにたくさんのことを教えられたのだと思う。私を見つめながら勇気を失わず、精一杯生きた最高の友達へ、僕は最初で最後の贈り物をした。今、棺の中のデクスターは、僕のスニーカーを抱いて眠っている。彼はもう、決して1人になる事は無い。そして僕もまた、思い出の中の彼、いつまでも一緒にいられるのだ…とがっつり説明するとこんな感じで、大切な親友と別れたあの夏に、自分が流した涙の本当の意味を知った少年の冒険物語である。主演の1人を演じたレンフロは、5000人の候補者から彼を発掘したのは、「ターミネーター2」でエドワード・ファーロングを見出したのと同じキャスティングディレクターである。撮影当時の年齢は10歳で、演技も全くの未経験だったが、彼の発見まさに奇跡だったと「依頼人」の監督が言っていた事がふと頭をよぎる。



いゃ〜、久々に見たけど面白いというかいい映画である。制作側の優しさを感じる作品はすごく好きだ。この時代でHIV映画と言えば、デンゼル・ワシントンとトム・ハンクスが主演を務め、ハンクスが見事にアカデミー賞主演男優賞受賞した「フィラデルフィア」と言う作品が真っ先に思いつくが、エイズと言う重たいテーマを、ここまで輝かしい青春映画にうまく馴染ませたのは驚きだ。そもそも監督はこの作品でデビューしたし、子役たちもまだそこまで出演作が少ない、レンフロは本作で2作目だったし、まだ駆け出したばかりのスタッフ、キャスト達でここまでの傑作が作れたのも驚きである。デクスターの母親役のアナベラ・シオラは90年代に活躍した女優さんで、個人的にすごく好きで、スパイク・リー監督の「ジャングル・フィーバー」を始め、やはり「ゆりかごを揺らす手」で初めて知った女優で、最近は見かけなくなったが90年代の作品を見ると多く出ている。

それにしてもやはり90年代と言うのはHIV=ホモの病気(同姓愛とのセックスによる)というのが子供たちの間でも蔓延していたんだなというのがわかる。3人組の不良がホモと言っていじめてくる場面とかを見るとそう感じる。2人が出会って、いきなり軍艦ゲームをするシーンやチョコバーを食べたことないデクスターに行ってお店で開けさせて食べさせる場面、買い物カートに乗って坂を下る場面はすごく印象的で好きだ。特に、3人組の不良がホモっていじめてくる場面でレンフロ演じるエリックが論破する場面はすごく感動的だったのに、途中で彼が何を思ったか、石を投げてしまって不良の頭にぶつかってそこから追いかけっこになるんだけど、なんでそんな事をしたと理解に苦しむのだが(だって、不良少年たちはちゃんとその言葉に敬意を払って、悪かったと謝って立ち去るのに)、映画的には、その後に坂を滑り落ちる演出が必要だったためにそうしたんだと思うが、可愛らしかった。そしてエリックが、君って変わり者だねと言った時に、それってどういう意味とデクスターに言われてちょっとやばいと思って優しく明日遊ぼうって誘って、気まずさを突破しようとする場面も可愛かった。

そんでエリックが、デクスターの家に誘われて、食事をして、デザートのパフェを自分の分食べ終わって、デクスターが残しているのを見てそれを食べようとするんだけど、母親があなたは他所の子だから食べない方がいいかもしれない、お医者さんは大丈夫って言うんだけどねと断るシーンがあるんだけど、その後に母親がエリックが言う今度一緒にみんなでどでかいアイスクリーム屋に行ってアイスを食べようって言う場面で涙をこらえる場面は感動的である。このレンフロを演じる小生意気な少年が実は心優しいところがこの映画の面白みの1つだ。と言うか、レンフロのデビュー作の「依頼人」の子生意気な子供役が俺の頭から離れないため、それと重なってしまう部分もあるのかもしれない。そんでお小遣いをチョコバーに全部使ってしまって、デクスターが外出禁止になっているところに、エリックが潜水艦ごっこをやるために誘いに来るんだけど、母親が一旦は追い返すんだけど、悲しそうなうつむきなエリックの姿を見て、デクスターを呼んで外出を解く代わりに、エリックで遊ぶことを命じると言う場面も素敵。

そしてこの作品の穏やかなサウンドトラックもたまらなく良い。そこから2人の森への冒険が始まるのだが、薬草をとって、HIVを治すために試行錯誤するんだけど、しっかりとノートに葉っぱを貼って、分析しているのを見るとなかなかである。そんでその後にまたデクスターの家族たちと買い物しに行くんだけど、スーパーマーケットで不意に、デクスターの母親がエリックの頬にキスをするんだけど、その時の彼の表情のクローズアップはたまらない。きっと自分の母親にそういうことをされたことがないため、すごく温かみを感じ、その後に自宅でまたみんなで食事をとっている際に、力尽きているデクスターを抱え込んで母親が2階まで上がらせるシーンとかを見たりするのも、彼にとっては普段やってもらえないことばかりで羨ましそうに見ている眼差しがたまらなかった。

ノートを忘れて戻ってきたときに、たまたま偶然ノートを見てしまった母親が涙を流して階段に座っているのを外の窓から眺めているエリックの表情も印象深い。その後にすぐにエリックの冷たい母親のやりとりが写し出されて、差が浮き彫りになる演出は非常に良かった。本当にこのエリックと言う少年は心優しく、おばあちゃんがレジに並んでいてお金を探すのに苦労しているところ、彼がお金を探し出してレジに出す場面とかも偉い子だなと思うのである。そして夜中に事件が起きて、川岸に咲いていた葉っぱが実は毒草で、それを煎じて飲んでしまったエリックが体調崩して、母親がエリックの家にやってきて、エリックの母親がエリックのことをぶん殴って怒り、電話でデクスターの母親に今後一切会わないと憤慨するシーンはなんともひどい場面である。しかしながら母親からすれば、自分の息子をHIV (感染する可能性があると疑われていた時代のため)にかかってしまったら嫌だと言う気持ちもわかるが、あそこまで怒鳴りたてる必要性はないと感じた…が、やはり複雑な気持ちになる。

そんでエリックがサマーキャンプに入れられてしまう前にデクスターの家の屋根の上で2人で会話して、筏で旅に出るのだ。そんでニューオリンズ行きの船に乗せてもらって、その中にあったポルノ雑誌を見て、ママとは全然違うや、これが本当の女なんだと食いつくように見てる2人がなんとも可愛らしい。そんで、その雑誌に挟まっていた300ドルをくすねてしまうのだ。友達のピチピチのガールズたちが船に乗って、それを窓からニコニコしながら眺める2人も可愛らしい。初めて女性の健康的な肉体を見たかのようなぼーっとして見てる場面がたまらない。そんで、ラッキーなことに、日焼け止めを塗って欲しいと、初めてエリックが女性の体に手が触れるのだ。そんで彼女の片腕にエンジェルの刺青が入っていて、その文字の綴りが違っているとデクスターが言った場面から、雰囲気が悪くなるシーンがまた面白い。そんでエリックがその女性と、ボートに乗ろうとするんだけど、2人で乗った方が楽しくない?と誘うんだけど、次のカットで、エリックとデクスターの2人が乗っている場面は笑える。

そして夜、その若者たちはティーボーンのステーキを食べているのに、2人にはソーセージしか食べられなくて悔しがっているところも面白いし、テントを張って2人で寝るところでデクスターが涙を流しながら〇〇を語るシーンでエリックが汚い臭いコンバースのスニーカーを〇〇する場面はなんとも感動的である。ネタバレになるためそこは言えないけど、非常に心温まる。そして翌日、若者たちが9時になっても起きないため、仕方なく盗んだ300ドルで2人で新たに旅をするのだ。川をエリックが及ぶのだが、濡れた姿のレンフロはカッコいいわ。彼2000年代に入ってから一気にビジュアルが崩れてしまうのが凄いショックだ。ドラック中毒にならなければ今も役者として頑張っていただろうなぁ。ヒース・レジャーも同じく2008年にドラックで死んでいるしなんだかなぁと思う。そんで金を盗まれた若者たちが2人を見つけて追いかけてナイフで脅すシーンで、エイズのことを告白して、妙な雰囲気になるところは、映画的にはいいのかもしれないが、実際HIVに感染している人が見ると、そういった演出によって、自分たちが他人から遠ざけられてしまう恐れも感じるのではないかとふと疑問に思った。

そんでニューオリンズの旅への挫折、バスで地元へ戻ってきて、いよいよデクスターが悪化してきて、病院で入院することになり、2人の遊び場は病室の中へと移り変わっていく。そんで死んだふりをして、病院の先生やナースたちを驚かせる場面、気の毒なナースが、私の患者(主治医の先生)二度と死ぬなんて言葉を言うなと叱られる場面はとばっちりだと思うが、君は奇跡を起こす子供かもしれない、私を有名にさせてくれと先生が言う場面も感動的だ。そんでいよいよ映画はクライマックスになるが、車の中でデクスターの母親とエリックが抱き合いながら〇〇する場面は感動的だ。そしてこの映画この度3度目が4度目の鑑賞になるが、いつもあのシーンで大号泣してしまう。今回もやはりそうだった。デクスターの母親が、エリックの母親に1分だけ話があるから家の中に入ってくれ、そこで会話する場面は本当に胸にくる。そして靴を灯籠流しの如く川へと流すまでの帰結へと物語は幕を閉じるのである。

この映画には父親が出て来なくて、対照的な母親2人のみが出てくるのもポイントだろう。実際の私生活でもブラッド・レンフロは離婚をしているし、マイノリティへの偏見に無垢な少年の姿を描いたこの作品には、エイズと言う病気だけではなく、アメリカ社会の根っこまでもが描かれているような気がする。父親のいない家庭の率はプロテスタントだったりカトリックとかでも様々だとは思う。アメリカは当時エイズ大国と言われており、1981年に初めてエイズの発生が伝えられてから10年目の91年(私の生まれた年)までに、なんと20万人余りが発病し、そのうち13万人が死を迎えたそうだ。元は男の同姓愛者だけの病気と思われていたが、数年のうちに原因ウィルスは解明され、感染経路もおよそつかめるようになったが、それでもなお、偏見はそう簡単にはなくならない。

インディアナ州では、エイズ差別と闘った少年として有名になったライアン・ホワイトは、裁判所に訴えて登校許可を得た後で、嫌がらせが続いてとうとう銃弾を自宅に撃ち込まれ、結局転校しなければならなかったと言う事件もある。多人種、他民族の国アメリカでは、実に様々な社会問題を抱えていて、多くの人々が真剣に取り組んでいる。例を挙げるなら、当時発表された全米市長会議の報告書によれば、全米26都市で調査した結果、家族ぐるみのホームレスが急増していると言う。ホームレスの人口のうち43%は単身の男性で、同じ43%が子供を含めた家族のホームレスであり、11%が単身の女性、その残りは単身の子供なのである。普通アメリカでマイノリティー問題と言えば少数派の人種や民族についてだが、その他にもこのホームレス、それに同性愛者、囚人、肥満者等々、実にさまざまな人たちに対する人権の問題が山積している。もちろんその中に、本作のテーマのエイズも含まれる(駒沢女子大学教授の調べ)。


それにしてもレンフロはこの作品で来日もしており、劇中でLed Zeppelinの話をするシーンがあるのだが、彼はミュージシャン好きで、ジミ・ヘンドリックス、Led Zeppelin、ドアーズなどがお気に入りだったことが思い出される。それに記者からインタビューを受けている彼が、エイズに感染した少年の親友になると言う事ついて一言言う場面があったが、自分の親友がエイズに感染したらと考えながら演技したと言っていたのと将来は監督になりたくて、1、2本作品を撮るのと、ミュージシャン、パンクロックのギタリストになりたいと言っていた。記憶があやふやだが、確か学校で好きな科目とガールフレンドはいるのかと言う質問にも、学校で1番好きなのは、終業のベルが鳴る時、ガールフレンドはいない。自分がどんなタイプの女の子が好きなのか探しているところだと言っていたのも懐かしく思う。だから亡くなってしまったのを改めて思い返すと、悲しくなる。長々とレビューしたがこの作品もほとんどの人が知っていると思うが、もしまだ見ていない方がいたら、早速見てほしい。素晴らしい作品である。
Jeffrey

Jeffrey