Jeffrey

ミュージックボックスのJeffreyのレビュー・感想・評価

ミュージックボックス(1989年製作の映画)
3.8
「ミュージックボックス」

本作はコスタ=ガヴラスが、第40回ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞を受賞した傑作で、今の今まで日本ではVHSのみでソフト化されておらず、ようやく初BD化され購入して鑑賞したが素晴らしい。ハンガリーにおけるユダヤ人虐殺を題材とし、戦争犯罪の容疑をかけられたハンガリー系米国人の男とその弁護を務める娘を描いた法廷ドラマで、出演はジェシカ・ラング、アーミン・ミューラー=スタール、フレデリック・フォレスト、ドナルド・モファットなどで、脚本を書いたエスターハスもハンガリー出身である。1989年の作品で主演のジェシカ・ラングはアカデミー賞で女優賞にノミネートされていた。ルーカス・ハースが子役で出演していてびっくりした。それから「ウォーキング・デッド」のマイケル・ルーカーも。

ガヴラスやエスターハス、ウィンクラー等によって人種差別を主題としたスリラー「背信の日々」(88)に続いて制作されたアメリカ映画で、過去の作品と変わらず、この監督独特のスリラー的色彩の強い高度の商業性を兼ね備えた政治劇となっている。いわばこれが特徴である。「ミュージックボックス」で4本目のアメリカ映画になっている。この作品は、シカゴの女性弁護士が、戦犯として告発されたが人違いを主張する父の弁護を引き受けることを決意し、彼の有罪を確信する検察官と敵対しながら真相を追求すると言う物語で、いくつかの実話に想を得て描かれているようだ。その1つは、ジョン・デミャニュクをめぐる裁判沙汰である。ウクライナ生まれの彼は第二次大戦中に赤軍の一員としてドイツ軍の捕虜となった、トラヴニキ強制収容所でドイツ軍兵としての訓練を受け、ソビブルを始めとするいくつかの強制収容所(絶滅収容所)で看守の任務に就いた。戦後、西ドイツの難民キャンプで出会った女性と結婚し、アメリカ合衆国オハイオ州に移住、1958年に市民権を獲得し、自動車工場に勤めながら3人の子供を育てあげた。

ところが1977年、デミャニュクは後の強制収容所関係者であったことを糾弾される。イスラエル在住のプロコースと生存者の証言により、悪名高いトレブリンカの絶滅収容所でイワン雷帝の異名を持つ残忍な看守であったことが特定されたのだった。その結果1986年に裁判のためイスラエルに引き渡され、それから約2年後に死刑判決を下されたとの事だ。これは映画評論家の遠山氏が言っている。デミャニュクは、これは人違いであると自らの無罪を主張し続け、1993年にイスラエル最高裁によって評決が覆される。デミャニュクがイワン雷帝であったとの話に合理的な疑いが生じたためであった。ソビブルにいた証拠は十分あったにもかかわらず、イスラエル側は起訴を取り上げ、デミャニュクは帰国。ところが1999年になって合衆国の検察官らは、強制収容所の看守を務めていた廉で再びデミャニュクの国外退去要求、彼は2002年に市民権を取り消され、2009年にドイツの求めで同国に引き渡された。

ソビブルにおける勤務期間中に生じた2万7900件を超える殺人幇助行為が、その理由である。同年ドイツに移送されたデミャニュクに、金庫5年の有罪判決が言い渡される。上訴請求がなされるまでの間に暮らしていたドイツの養護施設で、2012年に死去しているようだ。最終判決が下される前に死亡したため、ドイツの法律では厳密には無罪であったが、2020年に元ソビブルの看守の1人が所持していた当時の模様を記録した写真アルバムが公開される。その中に収められた写真のうち、少なくとも2枚にデミャニュクらしき人物が写っていたそうだ。さて、物語は弁護士として活躍するアンと、彼女の父でありハンガリー移民のマイクの親子はアメリカで40年来、幸せに暮らしていた。だがある日、公表された第二次世界大戦記録の中で、マイクが戦争犯罪者として扱われていることを知る。

マイクは人違いを主張し、汚名を晴らすべく娘と共に法廷に立つ事となるのだが…と簡単に説明するとこんな感じで、第二次世界大戦下のハンガリーで起こったユダヤ人虐殺。その戦争犯罪の容疑者として告発された父の弁護士として、彼の無実を信じ法廷に立つ女性の姿を描き、第40回ベルリン国際映画祭の最高賞を受賞した作品である。社会派ドラマの監督として有名な彼が贈る魂を揺さぶる法廷ドラマである。HDニューマスターに日本独自の修復を加え、待望の初ディスクかと言うことで見たが素晴らしかった。クライマックスの真実のシーンでまさかMuzsikásのAltató (Lullaby)が流れるとは思いもしなかった。非常に映像とあっていた。ジェシカ・ラングの芝居が圧倒的に素晴らしい。

この映画はシンプルに作り上げられていると思う。映画的テクニックを大げさに見せずに、ドラマを起爆させる要因を登場人物の関係にあるようにしている。法廷の件を含めたダイアローグが多いのもこの映画の特徴だろう。法廷シークエンスが多くあるため、個人的には劇的興奮が収まらなかった。俳優を尊重する演出術の見事である。こんな素晴らしい映画が今までVHSしかなかったのに改めて驚く。これはTSUTAYAにもレンタルされているため気になった方がお勧めする。
Jeffrey

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