近本光司

それからの近本光司のレビュー・感想・評価

それから(1985年製作の映画)
2.0
漱石の原作のどこに惹かれ、なにを撮りたかったのか。そのことがなにも画面から伝わってこない。ここではいつもの森田芳光の軽快さと破調は封印され、いわゆる純文学の語りをそのまま実直に映画に移し替えているだけのように見える。だがその筋書きをただしく重厚に語り直すことに足を搦めとられすぎたあまり、『それから』という小説の問題系の中心を取り逃がしてしまっているようにも思われた。わたしが原作を読んだのはいくばくか昔のことなので、朧げな記憶しか残っていない。だが長井という主人公が世の中をうとみ、いつまでも定職に就こうとしないのは、きわめて資本主義的な思想をもつ父のもとで、その裕福な出自を憎み、そしてなによりも友人の平岡を蔑んでいたからのはずである。このような長井と近しい人々との了簡の対立がうまく描かれなければ、途端に長岡という人物は理解不能になってしまう。松田優作は彼の長男の佇まいを想起させる寡黙な男を演じる。しかし平岡役の小林薫の過剰な芝居ともまったく噛み合っておらず、この監督は演出というものができないのではないかという疑問も頭をもたげた。笠智衆や草笛光子ですらもただただ白々しい。