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ラムの大通りのArataのレビュー・感想・評価

ラムの大通り(1971年製作の映画)
3.5
古谷三敏先生著の漫画「BARレモンハート」の中のとある回で、この映画の存在を知る。
それを読んだのは、今から10年程前だっただろうか。
この漫画の主人公であるBARレモンハートのマスターは、お酒の造詣が大変に深く、お酒に関するあらゆる書物を読みあさり、世界中の酒蔵を訪ね歩き、「無い酒はありません」つまりどんな酒でも置いていると言う程の品揃えのお店を経営する人物。
この映画が出てくる回でも、作品に出てくる幻のラム酒を探すためカリブ海の各地をまわったとあった。
その回では、原作の小説にも言及しており、セットで存在を知る。

その後、いくつかのお酒に関する書物等を読んでいくと、時々この作品に関する記述を散見。
それらは決まって、小説版を是非読んでみて欲しいとの評価がされており、どちらも未だの当時の私は、「まずは小説から」と考えていた。

絶版の為、幾つかの古本屋さんをまわったが見つける事が出来ずに月日は流れた。
ある日、欲しい本があるわけでもなく入った古本屋さんで、探すとも無しに探しているところ、目に飛び込んできたのが、「ラムの大通り/ジャック・R・ペシュラール/竹田宏訳(早川書房)」の単行本だった。
早速購入し、空き時間を利用しながら、約1カ月程を要し、上下段にわかれた約300ページの小説を読了。
1973年発行のその本は、「ボロ船大明神」「ツキ屋」「鱈腹亭」「岡目八目」など原文が気になるものや、「百も承知、二百も合点」「猫にかつおぶし」「畳の上じゃ死ねない」「餅は餅屋」「向こう三軒両隣を一廻りして、おとといきやがれって言ってやらあ」などの日本特有の慣用句、仕舞いには「信じてるぜの『ぜ』の字」「エル・メディコ([医者どん]程の意)」など、一体原文はどうしたらそんな訳になるのだろうと笑ってしまったり、全体的になんとなく『男はつらいよ』の寅さんの様な口調で話すカリブ海のみなさんに、若干の違和感を覚えながらも、当時の壮絶なお酒の密輸を巡る物語、魅力的な登場人物たちのタフな生き様が伺い知れて、大変ワクワクする内容だった。

その後映画版を探すも、サブスクで見る事は出来ない様で、こちらのアプリFilmarksで 見たいを意味するclipをしておいた作品。
この度インターネットを開いていると、おそらくアルゴリズムで提案されたであろうリストの中に、こちらのDVDが表示されており、デジタルリマスター版にも関わらず500円台と大変お求めやすかった為、俗に言うところの「ぽちっと」をさせていただいた。
購入の翌日あたりには、私の元に届くと言うこのシステムは非常にありがたい。
このDVDが届くまで、この作品の中の「巡視船に見つかれば射殺や投獄されてしまう」彼等位とまでは行かないまでも、我々の知らないところで繰り広げられているであろう大変な努力のおかげなのだと感慨にふける。


前置きが長くなってしまった。
感想などは、原作と映画の比較などにも触れながら書き記す事にする。
なお、人名などは映画版の字幕の読み方ではなく、個人的に馴染んでいる小説版の読み方を採用させていただいたので悪しからず。


【あらすじ】
1920年代、アメリカ禁酒法の時代。
施行されてほどなくして、密造や密輸が盛んになり、闇の世界が勢力を増していた。

主人公、キングコングことコルネリウス・ヴァン・ジーリンガは、巡視船の制止を振り払い難破した密輸船から、命からがらポサダ(旅籠/はたご)にたどり着く。
皿洗いなどをしながら身を潜め、船を買う資金を捻出しようと、危険な賭け事に挑戦し、見事船を手に入れ地元のジャマイカはキングストンに帰還する。

束の間の休暇で訪れた映画館で、スクリーンの中のハリウッド女優「牝虎(めとら)」ことリンダ・ラリューに一目で恋に落ちてしまう。

カリブ海中の劇場を巡り、彼女の作品を片っ端から鑑賞しているうちに、遂に本物の彼女に出会い、そして2人は本当に恋に落ちていく。

ここから先は、小説と映画とで展開が異なる。
小説は、彼らの恋の行方はもちろん、密輸船艦隊や、そこに生きる個性豊かな登場人物それぞれの人生にも触れられ、緊迫感のある海の男たちの生き様について、タフであり儚くもある感じで書かれている。

映画は、コーニーとリンダの恋愛に焦点をおいて描かれた、リゾートロケーションでコメディタッチのラブストーリー。



【感想など】
・タイトル
ラムの大通りは原題をBoulevard du Rhum (ラムの大通り)と言い、これは単純にフランス語の直訳である。
ただし、ここで言う大通りとは一般的な市街地にある様な道などでは無く、ラム酒の密輸船の航路の事を指している。
またRhumと言う表記はフランス語表記で、ラム酒を意味する単語は他にも、英語のRum、スペイン語のRon、と言う3種類が存在している。
ラム酒の多くは、原料であるサトウキビが取れるカリブ海の島やその近郊で生産されているが、単語のスペルでそのラム酒が、かつてどこの植民地だったかなどをうかがい知る事が出来る。


・登場人物
「コルネリウス・ヴァン・ジーリンガ」
呼び名通り名は、キングコング、コーニー、ヴァンジーリンガ、将軍など多数。
字幕ではコルニー、ヴァンゼリンガとあった。
役者は、フィルムノワールやギャングものの映画に多数出演のリノ・ヴァンチェラ氏。
元中量級のプロレスラーのチャンピオンで、タフガイの役などを多く演じている役者さんではあるが、原作のキャラクターと比較してしまうと、やや物足りなさを覚えた。
翻訳版には、「奴の身の丈は一メートル九六センチある。肩幅は一メートル七センチ。」とある。
体格だけならドウェイン・ジョンソンさんがピッタリだ。
ただし、「赤毛がおおいかぶさっていて、あるかないかの額(以下略)」とあるので、これまたやや違うのだが。
圧倒的無敵感を覚えた原作とは、少々異なるキャラクターだった。

「リンダ・ラリュー」
牝虎と呼ばれているハリウッド女優。
こちらは、文句のつけようのない配役。
大物女優感、ファムファタール感、天真爛漫な雰囲気、イメージ通りでとても素晴らしい。
特に、密輸船のピンチに寝巻き姿以下で舵を握るシーンは圧巻。
密輸船艦隊の総督ジェリー・サンダソンが彼女を見直し、英国の第14代ウェセックス公爵にして第11代シェトランド伯爵で第17代フェア・アイル子爵でもあるウィリアム・プランタジネット・ハモンド(略称/ビル・ハモンド)が一目惚れをし、密輸船救出劇を繰り広げるのも頷ける。


・暗闇撃ち
原作では、盲人/盲目を意味するシエゴと言うスペイン語の単語が用いられ、翻訳版では「盲人遊び」と名付けられていた。
翻訳版の発行は、この映画の制作された1971年より後の1973年なのだが、原文に忠実に訳したからなのか、映画界の差別用語の水準が国際的に進んでいたからなのかは不明。
更に細かく言うと、盲人は差別用語としては曖昧な表現。「め○ら」は差別用語として明記されているが、「盲人」については「目の不自由な方」と置き換えられる事が一般的であるとの事。ただし、言い換える事が難しい場合に限り、「盲人」は使用しても構わないらしい。
より詳しい方がいらっしゃったら、是非ともご教示願いたい。


・我が愛しのレディー号
翻訳版は、我が愛しの君号。
原文は、“La femme de mon cœur”で、直訳は「我が心の女」と言ったところ。
この船は、映画では描かれていないが、元はリオ・インカルナド号と言う船。
原作を読むと、「コルネリウス・ヴァン・ジーリンガの意見によると、人間は川を愛しはしないもの。ポルトガル語で赤い河(リオ・インカルナド)を意味する名前は、真っ先に変えるべき」と言う内容が書かれている。
映画版の船体にも、“Lady of my heart”と表記されている。
また、翻訳版で「ボロ船大明神」と訳されているこの船だが、表現の通りに程よくボロくて立派な船だった。



・信号旗K
サンダソン提督に連れ戻されたコーニーが、リンダを同伴した航海で、乗組員が「Kの文字旗だ!」と叫び、逃げようとして銃撃を受けるシーン。
これは、海上で船舶同士が一眼でどの様な状況なのかを知るためのサインの様なもので、船の上に目立つ様に掲げる旗の事。
例えば、援助や救助を求めるものや、潜水活動や漁を行っている為、気をつけて通過する様促すものなど様々。
原作では、黄色と青が左右に配置された四角い旗で、「ただちに停船せよ、さもなくば撃沈する」と言う意味だと書かれている。
しかし、インターネットで検索するとその“K”と言う信号旗は「本船は貴船との通信を求める」とある。
停船を求める旗は“L”となっており、四つの正方形の市松模様で黄色と黒の柄の旗の様である。
この本が書かれた1960年代(翻訳版は1970年代)、またはこの作品の舞台となった1920年頃とでは、現在と旗の意味が異なるのか、それとも翻訳者さんの誤訳かと思っていたのだが、映画版でも黄色と青の旗の様に見えたので、時代で変更されたのか、もしくは原作者の誤用なのかも知れない。
ご存知の方がいらっしゃったら、是非ご教示願いたい。


・旅籠の店内看板
盲人遊びこと暗闇撃ちをするポサダ(旅籠)の店内、カウンターの目立つところに掲げられている黒板の様なものに書かれているのは、“todos los dias sancoche”。直訳は「毎日サンコシュ」で、「サンコシュは、いつでもお召し上がりいただけます」と言う内容。
サンコシュは、「野生の唐辛子で味を整えたどろどろのソースに、とうもろこしと若鶏の肉を浸したシチューの一種」とある。現代では、サンコチョと訳される事が多く、国内でもメキシコ料理屋さんなどでいただく事が出来る。


・原作との違い
細かい描写の違いは捨て置き、大きく違いがあるのは結婚式のあたりから。
結婚式でのお酒に関しては、後の【お酒】の項で詳しく述べる事にするが、この場面で本来ラム酒が登場する。
作品の中で、もっとも希少で高価なお酒として扱われるのが、この祝いの席で供される。
そのお酒こそ、この作品のタイトルにもある「ラム酒」の最高峰であり、原作では魅惑的な描写で取り上げられているお酒なので、なぜそれを映像化しないのかが不可解。

以下、違いを箇条書きにする。
・コーニーは逮捕されない。
・ハモンドは自害する。
・リンダは九死に一生を得て精神を病み、おじに引き取られる。
・禁酒法が明けるまでは描かれていない。
・ラストの映画館のシーンで、コーニーが見ているリンダの映画は、小説版の世界では現実に起こる話。
などなど。

途中からは、まるで違う作品の様に思えてくる。
ただし、オチの意味合いとして、「かつてこんな時代がありまして…、遠い夢の様なお話し。」と大きく捉えれば、これはこれで一つの形とも思える。

更に、ラストのリンダの映画は、ハモンドが座礁させて自害する船のマストに括り付けられ、少しずつ沈みながらその周りを鮫が回遊している所を、間一髪でコーニーが助けると言う、小説版では実際に起こる事件。
これは、妻を寝取られたハモンドが、「リンダを自害の道連れにする」と言った内容の手紙をコーニーへ残した事で助ける事が出来たのだが、つまり半ば本気で道連れにと思ったのだろうが、もう半分は情けやコーニーのタフさや真実の愛情などにかけたが故の手紙なのだろう。
生命を助けられたリンダだったが、この後精神を病んでしまう。
この、「ハモンドの死」「その後のリンダ」を描かない事で、悲惨な描写がなくなり、少しゆるい印象を受けるが、そこが映像としてなんとも言えないノスタルジーを演出している。




【お酒】
スコッチウイスキー、メスカル、ラム酒、スパークリングワインなどいくつか登場するが、どれもあまり印象的に扱われていない。
よって、ここでは銘柄がはっきりと写り込んでいたウイスキーと、一気飲み対決のお酒2種類と、映画版では描かれていないラム酒について記載する事にする。


・スコッチウイスキー
冒頭、密輸船に運び込んでいるお酒は、スコッチウイスキーのブラック&ホワイト。
コーニーが、海岸に打ち上げられて目覚めるシーンでも、ブラック&ホワイトの瓶などが一緒に打ち上げられているのが分かる。

このウイスキーは、ラベルに黒と白の犬が描かれており、犬の種類は、黒がスコティッシュテリアで、白がウェストハイランドホワイトテリア。
1884年のブランド誕生時には、ただの黒のボトルに白ラベルで、創業者のジェームス・ブキャナン氏の名前を冠した「ブキャナンズブレンド」と言う名前だったが、特徴的なデザインから世間では「ブラック&ホワイト」と呼ばれる様になり、1904年に愛称を正式な名前へと変更した。
その後、黒と白のイメージをより強める為、黒と白の犬をラベルに描いた。
2匹の犬は、ブキャナン氏がある日訪れたドッグショーで優勝した2匹をラベルに使用したもので、どちらの犬もスコットランドの犬種なのだそうだ。
昔から輸出に力を入れているブランドで、おそらく禁酒法の時代にも沢山出荷されていたものと思われる。
ライトな口当たりでクセも少なく、毎日飲んでも飲み飽きない様なウイスキーだ。
小説版には銘柄は書かれていなかったので、製作者のどなたかの趣味か、あるいはスポンサーさんか、と言った事なのだろうか。


・一気飲みするお酒
場面は2回。
コーニーが帰還後、町の酒場で馴染みの知り合いから因縁をつけられ、一気飲み対決をする。
10杯ずつくらい並べられているそのグラスは、明らかにダブル(60ml)かそれ以上のサイズ。
薄い琥珀色をしたそのお酒は、ゴールドラムの一種かと思われる。

お次は、リンダに招かれたプールサイドのパーティ会場で。
こちらはやや小ぶりなワンジガーサイズ(45ml)と思われるグラスに概ね8分目くらい。2人で10杯くらいなので、町の酒場でのシーンとの違いが際立つ。いかに海の男たちが酒が強いかと言う事も垣間見える。
そして案の定、コーニーが勝利をおさめる。
銘柄は、バカルディ・スペリオール。
キューバで創業し、世界へと勢力を拡大。禁酒法の時代には、「アメリカで飲めないなら、キューバへおいで」と言う内容の観光業とセットでの商売のポスターを作るなどして更に成長。
現在では、世界トップシェアを誇るラムの一大ブランド。
スペリオールは、「素晴らしい」や「高級な」などと言う意味のラテン語由来の銘柄で、樽で熟成し、炭で濾過を施した、クリアでスムースな洗練されたホワイトラム。カクテルのベースとしても重宝される。


・ラム酒
そしていよいよ本題。
【感想など】の原作との違いでも触れたが、小説の中でのハモンドとリンダの結婚式の場面で供される最高級のラム酒がある。
そのラム酒を、小説の引用で紹介する。
「それはクリスタル・ド・ジェレミーと呼ばれているもので、普通の白ラムに比べれば、ロマネ・コンティとただの赤葡萄酒ほどの違いがある。」更には、「同じ重さの純金を払っても惜しくない」とも評されたこのお酒だが、なんと実在しない架空の銘柄。
これは、小説家の方などに時々ある、読者を惑わす遊びの様なものらしい。
あえて具体的に示さない事で、どんな方にも美味しいものと思わせる事が出来る為や、作品のヒットで自身の好きな銘柄が市場から消え、手に入らなくなる事を防止する為など様々な理由から。

BARレモンハートのマスターは、マルティニークのラム酒「ラムJM」なのではないかと推測している。
辛口で知られるフランスのお酒の専門誌の中で最高位に輝いた事もある高級酒。
マルティニークはフランス領。作者はフランス人なので、そうなのではないかと考えた結果らしい。
加水や添加物を一切加えず、樽で15年熟成。甘く、エレガントでバニラの香りの余韻が長く続く最高級のラム酒。

しかし、クリスタル・ド・ジェレミーのジェレミーとはハイチの港の事。
BARレモンハートのマスターも、まずはハイチを探した、とある。
しかしそこでは見つからなかったとあるが、ハイチのラム酒ではバルバンクールと言う銘柄が有名。
全てハイチ産のサトウキビを使用し、それを丸々絞って作られる贅沢なラム酒で、昔ながらの手作業で行う伝統製法で作られた逸品。
サトウキビジュースの様な芳醇な甘さと、華やかな余韻が心地良いラム酒。
ラベルには、サトウキビの杖を掲げた農業の「女神」が描かれている。
また、公式ウェブページで紹介されているテイスティングノートのカラーの欄に、「クリスタルのような」と表現されている箇所がある事も興味深い。

と、色々考察してみたが、クリスタル・ド・ジェレミーが、一体どんなお酒なのか実際の所は不明。


【総括】
原作原理主義的発想で鑑賞すると40点くらいの内容。
しかし、あらゆる名作も、実は原作とかけ離れていたり、オチが変わっていたりと言う事も多々ある。
原作者が納得していなくとも映画が大人気のものや、原作者自らが映像化に際してオチを変えるものまで。

こちらはあくまで、原作は原作、映画は映画として楽しむ作品。

過酷さや壮絶さを廃し、カリブ海の美しさ、野獣の様な男の美女への淡い恋心が、現実と夢との境界線が消えたかの様な後半。

ラストの映画館のシーンは、一種の夢オチの様でもある。
とても美しい。

しかし、タイトルが「ラムの大通り」なのだから、やはりその肝心の「ラム酒」にももう少し焦点を当てて欲しかった。
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