りょう

ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポのりょうのレビュー・感想・評価

4.2
 太宰治作品のような純文学の素養はありませんが、この脚色は、破滅的な愚行をくり返す男性作家の妻をめぐって、終戦直後の女性の“現在地”を切りとった物語だと解釈しています。
 当時の女性たちは、“生きづらさ”を痛感しながら、それを言語化できる教育などもなく、まったく抗えないまま男性たちに“支配”されているようです。大谷は、自堕落なことを自覚しつつ、それすらも正当化しようとする言動ばかりです。現代の男性たちにも少なからずある傾向ですが、そのためには、自分たちよりも下層域の存在として、それぞれに従属する恋人や配偶者という女性が不可欠です。
 佐知は、強盗をはたらいた夫をかばうため、被害者である小料理屋で働き、思いがけず酔客たちの人気者になります。彼女の活力ある働きぶりからは、“生きづらさ”を克服したようにも思えますが、これも女性という属性で得られたものでしかなく、男性から搾取されているだけです。辻に夫の弁護を依頼するシーンでは、彼女も自覚しつつ、その構造が最悪の結果として描かれます。彼女が自律的に意思を貫いたというポジティブな解釈もできますが、そうするしかなかった当時の女性たちを象徴する辛辣な展開でした。
 ほぼそのままエンディングとなるので、ラストシーンのセリフもいい意味で“空虚”なものになっているし、それを印象づける佐知と大谷の2人の映像美が意味深いです。
 なんだか悪口みたいな感想になってしまっているし、正直なところ、映像や演出にはTVドラマのような雰囲気もあるので、映画として評価されていないことも理解できます。
 ただ、松たか子さんは、どんな場面でも美しく、彼女はこの作品から俳優としてシフトチェンジした印象がありました。彼女の存在なしには、この物語を現代の映像作品として成立させられなかったとすら思えます。他のキャストも悪くないので、個人的にはもっと評価されていい作品だと…。
 ちなみに、久しぶりに観てみたら、前半に宇野祥平さんを発見できてうれしかったです。
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