Thomomin

夕なぎのThomominのネタバレレビュー・内容・結末

夕なぎ(1972年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

2人の男性の間で揺れ動く女性の話。ロザリー(ロミーシュナイダー)はバツイチ子持ち。解体業者で成金、お調子者だが社交に長けていて、いつもみんなの中心的存在の楽しい男セザール(イヴモンタン)とカップルの生活を送っている。そこへ、昔の恋人のダヴィッド(サミーフレイ)がNYから帰ってきてロザリーをまだ好きだと迫る。イケメンでコミック画家で知的でミステリアスな雰囲気を纏ったダヴィッドに気後れするセザール。ロザリーは次第にダヴィッドの魅力に再度嵌っていき、ついにはセザールを捨てて南フランスへとダヴィッドと逃避行。

彼女の言動には忖度がない。ただ自分の感情に正直に行動する。フランスでは自由奔放で、自分の意見をあられもないほどはっきり言う女を心から敬う(人気者の女性はほとんどこのタイプ)傾向がある。奥ゆかしいと言う美徳は、全く日の目を見ない社会なのだ。ダヴィッドの方も、平気でカップルの間に入って、自分の好きな女に手を出す究極のエゴイストタイプ。実はとても似ているダヴィッドとロザリーは、まるでバカンスのように2人の暮らしを満喫しているが、ダヴィッドはそろそろこの暮らしに飽きてきている。

そこに2人の居どころを突き止めて姿を現すセザール。一生をかけたいと思うほど好きな女とはどんなに惨めな思いをしても離れたくない、それが高音の花であればあるほど。。。という男の性が哀しくもむき出しのセザール。そんなセザールがやってきたのをいいことに、俗世間的生活に嫌気がさしたダヴィッドは、ふっとロザリーにも別れを告げずそこを去ってまたパリのコミック作家という最先端の生活に戻ってしまう。。。

絶望するロザリーだが、彼女のために彼女の生家を買ったセザールと家族たちと暮らすことに決めたロザリー。ただ、心は1度ならず2度までも彼女を捨ててどこかへ立ち去ってしまったダヴィッドのことが忘れられない。それを察したセザールがダヴィッドをパリに迎えにいく。彼女の幸せ(笑顔)のためなら、なんでもする覚悟のセザールは痛々しいが、男らしい。そんな男気に押されて逡巡するものの一緒に海辺の家へやってくるダヴィッド。ロザリーは彼が自ら帰ってきてくれたと思い一瞬喜ぶのだが、セザールに連れてこられたことを察してプライドは傷つき、その哀しみを断ち切りたいと願い。。。今度はロザリーが2人の男の前から娘を連れて姿を消す。やはりすごいエゴイスト(汗)。

その後、残された2人の男は友情を育みつつ、2年ほどの月日が流れ、一緒にランチをしているところに、気持ちを切り替え終えたロザリーが帰ってくる。。。というところでストーリーが終わる。脚本家のダバディは「彼女がセザールのところに帰ってきたのは明らか」と言っていたというが、また一悶着が起きそうな結末ではある。ただ、ダヴィッドのロザリーに対する想いはすでにひと段落していて、セザールような純粋な恋心とは全く違うものになっている印象。それは、家族を築くことにない興味がないダヴィッドと、子供をたくさん産みたい家族を創りたいロザリーの間に埋められない深い溝があるからというのが、物語のところどころで明らかにされていることで分かる。なのでやはりロザリーがセザールのところに帰ってきたというダバディの言葉はその通りなのだろう。というか脚本家が言っていることだからそれ以外にないか。。。

セザールがすでに50代くらいのロマンスグレーな感じなのにまだ30代っぽいロザリーの堂々たる相手役なのは、この時代の特徴(俳優の実年齢は17歳差)だが、今見るとまずはその設定に「訳あり感」が無きにしも非ず。ただ、この時代の設定としては普通なのだろう。

ジャンルーダバディの脚本がオシャレでコミカルでデリケート、そしてフランスの男女関係の不思議や素敵がたくさん詰まっているので何度でも見たい作品。
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