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タクシードライバーのgnspのレビュー・感想・評価

タクシードライバー(1976年製作の映画)
4.0
「ジョーカー」に備えるための予習その1。

「学がないことを悟られちゃいけない」
「自分から先に女に手を上げない」
「デカい声で独り言を言わない」
「風俗嬢に説教しない」
といった、やっちゃいけない男の行動リストにどんどんチェックを入れていくトラヴィスの危うさに「あーあ、こいつやっちゃってるよ…」が重なりまくり、痛々しすぎて見てられなかった。というか今までの自分のオイタを思うと、(これほどではないとはいえ)笑うに笑えない恥ずかしさがある。

(こういう時に何度も再生を止められるのが配信やソフトの良いところではある。劇場で観てたら共感性羞恥でどうかしてしまっていただろうなあ。でもそれもまた凄まじい経験だったはず。)

「誰でも乗せる」を歪めて少女と一緒に逃げなかった時に、トラヴィスの糸が切れて、しかも違うそれと絡み始めたように思う…あるあるこういうの、張り切って立てた目標を惰性になってきた時にふと捨ててしまう感じ。あー恥ずかしい…
ベッツィと近づけた後にも新聞を読む仕草が無かった辺りも「あちゃー…」ポイント。切り抜き自体はあったんだけど、まるで読んでいる形跡がない。結局自分のイケてなさを繕おうとすることしか考えてない感じも恥ずかしい…
そんな何かいけてないトラヴィスを「いいよぉ、そのままだらーっとやっていいよぉ…」と助長するかのようなダウナーなテーマソングも秀逸。

目に見える「変化」があってから諸々あった後に、まるで今までは取り憑かれていたかのように状況が好転したのを見て、中盤ベテラン運転手に言われた「なるようになる」という言葉を思い起こす。
それでもこの着地にはどこか猛烈な違和感、ゆがみを感じさせる。

他にもあの小人の方(←追記:スコセッシ本人かよ!!!!!言うほど小人じゃねぇ!!!!!)とかコンビニ強盗とか、顛末がどうなったのか気になるエピソードが、非常に薄い線で最後のトラヴィスの行動に集約されていく。そしてそのひとつひとつがこの街が孕む格差と陰惨さを強調している。

「なにか」をしたかったけど、「なにも」持っていなくて、結局「なにか」のしかたを模索した男の物語。
だからこそこの作品は全ての男の共感性羞恥を獲得してきたのだと思う。
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