TB12

タクシードライバーのTB12のレビュー・感想・評価

タクシードライバー(1976年製作の映画)
4.7
デニーロ演じるトラヴィスが孤独や腐敗した社会への怒りから追い詰められて行くという見方が当然でありそう作られているのだからそう感じ取るのが普通です。

私が感じたのはこのトラヴィスという男はベトナム帰還兵でありそしてアメリカという戦争国家の被害者の1人なのではないかという事です。

彼みたいな人当時(今も)たくさん居たのではないでしょうかね(イラク戦争も然り)

命を投げ出して国の為に戦争に行ったのに彼を知る人なぞ誰もおらず帰還してもあり付ける仕事はタクシードライバーぐらいなもの。

ベトナム戦争は泥沼化しもはや目的も終わりも見えなくなり気付けばアメリカ国内の世論も反戦運動に一直線。

様々な反戦デモが起こり様々なアーティストによる反戦曲が作られ間違いなくアメリカ史において汚点になった戦争(他にもたくさんあるが笑)

その中で生まれたのもヒッピーというカウンターカルチャー。

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドのレビューにも書きましたが私個人の考えだとシャロン・テート事件の当事者であるヒッピー達が完全に悪だとは思いません。

あの当時の若者からすれば時代がそうさせたという見方も出来ると思います。

そしてこのトラヴィスもそうなのだと思うのですよ。

金もなく空いてる時間はポルノ映画を見るぐらいしかやる事のない男。

生きる目的も分からずただ運転をする毎日。

車中トラヴィスの目に写り込んでくるのは売春婦やら酔っ払いやらゴロツキ達。

当時の腐敗したアメリカ社会への苛立ちがよく描写されている傑作だと思います。

カンヌでパルムドールを受賞した時も歓喜とブーイングの半々だったそうです。

殺人鬼のトラヴィスを英雄とするのか否かと言ったとこですかね。

最近ではジョーカーなんかもそんな感じですね。


このトラヴィスを魅力的にしてくれてるのはもちろんデニーロの素晴らしい演技力なのだがキャラ設定も良かったと思います。

大統領候補を暗殺しようと企てますがそこに政治的意図なんか全くないし計画性も全くありません。

そんな事から呆気なくバレてしまい逃走する始末。

そもそもこの大統領候補を狙ったのも惚れていたベッツィーという女性にあしらわれたからというだけです。

腐敗した社会への苛立ちや精神を病むきっかけになったベトナム戦争など衝動に駆られる条件は色々とありますがあの暗殺計画はただの思いつきでやったように見えます。

当時役柄と同じくまだ12歳だったジョディ・フォスター演じるアイリスという売春婦を救う流れもなんの計画性もなかったのもまた面白かったです。

大統領候補を暗殺する計画がおじゃんになりその流れで彼女を操ってるポン引きらを殺しに行きます。

当然トラヴィスの行った行為はいくら相手が悪人であろうと殺人は殺人です。

ですが幸いにもアイリスは家出少女だった事から彼女を救った英雄として新聞に載ります。

この映画の中ではもう何が正義でなにが悪なのか分かりません。

このトラヴィスという化け物を作り出したアメリカ社会が悪なのか、はたまた一向に行動に移さない金持ちで腐敗した政治家達が悪なのか。

社会からはたちまち称賛されかつて冷たくあしらってきたベッツィーでさえ最後はトラヴィスに気がある素振りを見せました。

最後のカットからも分かるようにいくら称賛されようがまだトラヴィスは狂気の中に居ます。

そんなエンディングがアメリカンニューシネマ後期と言った感じで素晴らしかったです。

それとこの作品には脚本家であるポール・シュレイダーの実際の孤独体験が色濃く反映されているそうです。

結婚の失敗からアメリカ映画協会などとの紛争、そして仕事を失っていき家もなく車暮らしが多かったそうです。

お金もなくやる事もなくポルノばかり見ていた人生をこの作品にも反映させたそう。

そしていつしか潰瘍で救急搬送された際に病院での看護師との会話が約1ヶ月ぶりの人間との会話だったとか。

街の中を走り回る孤独なタクシーを「精神的な棺」と暗喩することを彼はこの時に思いついたと言います。

それほどにまで孤独にさいなまれ極限の精神状態でこの脚本を描いたそうです。

なんでも描いてる最中も実弾が入った銃を手元に置いてたり本当にヤバかったみたいです。

もしかしたら彼自身がトラヴィスになるとこだったとか。

そんな究極に追い詰められた状態で描いた脚本がまさかこんな傑作になるとは当時は思っても見なかったでしょうね。

ちなみに当時この作品に影響されてジョン・ヒンクリーなる人物がレーガン大統領暗殺未遂事件を起こしたそうです。

いかにこの映画が世間にインパクトを与えたのかがよく分かります。

世の中にはトラヴィスなる人物がたくさん居るという事です。

そしてそんな人物を生み出してしまう社会はやはりいつだって敵なのかもしれない。
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