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ベルリン・天使の詩のつのつののレビュー・感想・評価

ベルリン・天使の詩(1987年製作の映画)
5.0
再鑑賞
感動する。映るもの、聞こえるものの洪水。
アンリ・アルカンの撮影や、ユルゲン・クニーパーの音楽などがそれ単体で注意を惹きつけてくれるのは間違いないが、でも個々の要素が「街全体が移動している都市:ベルリン」についてのヴェンダースの祈りに収斂している。
心の声、読む本という形で言葉やテキストは日常の中にあり続けることを、ハントケとヴェンダースが『まわり道』よりも遥かに真摯に捉えようとする姿勢に感動したのかもしれない。
街を見下ろす天使と、ブランコ乗りを見上げるサーカスの客と、見つめ合うラストの二人。残骸の歴史を語る、叙事することの決意と、その先の地平を、ホメロスやベンヤミンといった過去と、ベルリンの壁という巨大な現在とを引用しながら描く。自らを「der Geist」と語る天使が、地上の「die Menschen」になりたいと願う展開にも、やはり語りや言葉に希望を託しているように思われる。
とはいえ、「描く」と簡単に書いたものの、テキスト=文字という言語がカメラや音や編集といった映画言語に包摂されているのも確か。
アーカイブされた惨禍のイメージがタクシーの車窓に突然現れる場面で、ゴダールとヴェンダースが交わりつつも区別される。ゴダールがテキスト同士をぶつけ映像同士をぶつけたのに対して、ヴェンダースは詩を綴ろうとしている。







初ヴェンダース。
哲学的なモノローグが延々と続く演出は正直冗長にも思えるんだけれど、ハッと息を飲むような瞬間が訪れるから微妙に飽きない。
天使と踊り子とのロマンスを話の主軸にしながらも、ベルリンが抱えている負の歴史を後世に伝えようとする老人のエピソードがオーバーラップする。
だから可愛らしい恋愛モノに見えて、壮大な歴史のうねりも体感できる感覚が不思議でした。
でもそれも最もかもしれない。
主人公の天使は死ぬことなく膨大な時間を生きているのに、それに比べてあまりにも短命な人間の女性に恋するのだから。
そんな2人が心を初めて交わす瞬間を捉える視線のショットが本当に素晴らしい。

何度も引用される「川」のイメージが、ラストで老人が言う「乗船完了」の言葉にリンクする。
歴史という名の川の流れに身をまかせること、すなわち負の遺産も受け入れて生きていくことは、世界で唯一の存在である個人が果たすべき役割なのかもしれない。
言い換えれば「僕は僕で君は君」という己の固有性を受け入れながらも、過去の誤ちまでに及ぶ幅広い視野も忘れないことが大切なのだということ。
何のフィルターもなく純粋な視線で物事を捉えられる子供が、天使を認識できるのはそのためかもしれない。
ただ、本作でもう1人天使を認識できる存在がある。それは映画俳優のピーターフォークだ。
映画とは、個人の一瞬の輝きを永遠に真空パックする芸術。
だからその中に生きる俳優とは、ある種天使のような存在なのかもしれない。

誰もが心に葛藤を抱えていて、しかもそれを誰にも話すことなく生きているという物語は是枝監督の「空気人形」にも通じるものがある。そういえば、本作のベルリンめちゃくちゃ東京に似ていた。
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