近本光司

都市とモードのビデオノートの近本光司のレビュー・感想・評価

3.5
山本耀司はヴィム・ヴェンダースが構えるビデオカメラに向かって、完全なるシンメトリーは壊したくなってしまう、非対称でなければ落ち着かないと語る。そのビデオフッテージの映像を収めた35mmのフィルムカメラは、山本耀司の言葉にすなおに呼応して、山本を中心に据えたシンメトリーを壊すかのように左右にパンをする。これは山本耀司についてのドキュメンタリー作品でありながら、また同時にヴェンダース自身の思索の記録である。彼はひとりでバブル全盛の狂騒のうちにあった東京に身を置いて、山本耀司の仕事を追いかけながら、60秒しか回すことのできない小型のフィルムカメラと、デジタルなビデオカメラの狭間で、来るべき映画表現の独自性(Identität)について思い悩む。そんな二人が共通して私淑するのはアウグスト・ザンダーの遺した『20世紀の人々』である。山本はこの写真集をたびたび手に取っては、被写体の労働者たちが流行り廃りのはげしい「ファッション」ではなく、自身の生きる「現実」そのものを着ていた、20世紀の初頭までの前近代の時代へ思いを馳せる。衣服そのものが着る人の現実を顕わすような、そんな衣服をつくりたいのだと語る。そのような衣服の、あるいは映画の独自性はいまもなお可能なのだろうか。あらゆる芸術家の仕事は似ている。あらためてそのありかたを証するすぐれたドキュメント。