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エターナル・サンシャインのakqnyのレビュー・感想・評価

エターナル・サンシャイン(2004年製作の映画)
3.7
人の間に生きると書くように人間は幾重に折り重なったレイヤーの中に生きている。同じレイヤーで生きているつもりでも完全に同じレイヤーで生きることは出来ず、むしろお互いにとってはわずかな重なりの一部でしかない。

ゆえにお互いの知らない過去があり、また知りたくない側面があること、それらを全て知ることができないのも真理である。

エターナルサンシャインは「染みのない心の永遠の輝き」という詩の引用で、「無知は至福」である概念を補強する言葉だそう。世界の悲しみと苦しみから離れ、安全な場所で無垢に暮らすことが至福であるというもの。

個人的にはこの映画はエターナルサンシャインという概念を否定しているのではないかと思う。
記憶を消すことで、本当に苦しみ悲しむこともなく暮らせるのだろうか。人間の記憶というものはかなり不安定なものだけれど、幾重に折り重なった経験と喜びや悲しみや痛みや恥らいといったその時の感情は確実なものだ。

映画にもあるように、自分一人の記憶を消すという行為、しかしその行為さえも重なり合った人間のレイヤーの一部であり、完全に断ち切ることはできなかった。

エターナルサンシャインという概念は無知であることを説いているが、無知であることは逃避ではないかと思う。

逃避と忘却は違う。
ニーチェの「忘却はより良い前進を生む」という言葉も出てくるが、ここでの忘れ去ることは、自分の過去と現在に向き合った結果、忘れるという選択をしていることだ。

逃避は臭いものに蓋をしたに過ぎず、現実を断ち切ることはできない。忘却はその現実を認め折り合いをつけて生きていくもの。

だからこそ人間はこの世界に折り合いをつけて生きていく。町医者の規模で記憶の改変ができるくらいのSFの世界では、しょっちゅう記憶の改変が起こり世界は更にカオスだと思うのだが、折り重なったレイヤーの上に生きる人間存在は変わらないことは、絶望でもあり、希望なのかもしれないなと思った。



*ミッシェルゴンドリーの映画ははじめてでしたが、世界観は変わらず映像も見事。記憶と人間という重なり合ったテーマを表現するのにこれ以上の映像作家はいるのだろうか…
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