エターナル・サンシャインの作品情報・感想・評価・動画配信

エターナル・サンシャイン2004年製作の映画)

Eternal Sunshine of the Spotless Mind

上映日:2005年03月19日

製作国:

上映時間:107分

ジャンル:

3.7

あらすじ

「エターナル・サンシャイン」に投稿された感想・評価

1ミリも理解できなかったので途中でやめた
あとでリベンジします
機械で記憶を消してもそう簡単に生まれ変わらなくて、深く刻まれた感情や記憶であるほど残像としてこびりつき忘れないのだろう
良くも悪くも
コメディで知られるジムキャリーがラブストーリーの主役で新鮮
喧嘩をし自分の記憶を消してしまった彼女
悲しみから立ち直るために彼も記憶を消す施術を受けます。
記憶を消す作業中彼女との思い出の中で彼女を消したくないともがく。

リアルな男女のすれ違いをファンタジー設定
をおりまぜみせてくる。恋愛の喜びや最悪な状態まで、思い出は美しすぎるから辛い。
lente

lenteの感想・評価

4.0
時間を描くということは
1/2

旧約聖書『創世記』に記されているアダムとイブの出会いの場面が大好きで、街中(まちなか)を歩きながらひそやかに行なっている「カップルウォッチング」の際には、彼女と彼(もしくは彼と彼、彼女と彼女)がアダムとイブの示した基準に達しているかどうかを僕は見つめることになります。

聖書的にはアダムが先に誕生しており、1人でいるのは良くないと考えた神がアダムの肋骨からイブを誕生させています。そのようにしてイブをはじめて見たアダムは「わたしの骨の骨、わたしの肉の肉」と言って喜びます。面白いものでこの話を妻にすると妻は深く納得するのですが、かつて僕の母親にしたときには女を馬鹿にするなと言われたことがあります。

妻と母の反応の違いはおそらく、それぞれの夫(妻にとっての僕、母にとっての父)がどのように彼女たちに接していたかによるのだろうと思いますし、母についてはウーマンリブが産声をあげた70年代に青春期を送った時代背景もあったかもしれない。

もう13年前になるんだと驚いているのですが、その母が病を得て亡くなったときに僕たち夫婦に遺してくれた一筆書きがあります。そこには「双子のように仲の良いあなたたちが私の希望でした」と記されていました。今振り返ってみれば、父は言うに及ばず母もまたいわゆる毒親と呼ばれる部類の人間だったことが分かります(いっぽう毒親にならない親などどこにもいないという考えももちろん成立します)。ですから一見すると感動的に思えるその内容も、どこか自己愛の発露にすぎないことが透けて見えるいっぽうで、けれどそれでもとお母さん子だった僕は立ち止まってしまう。

つまり妻と息子を愛そうとする試みはすべて、お母さん子だった少年期の思いに対する自己問答のようなところがあります。ですから結婚前の若い女性がもしも相手から大切にされたいと思うのであれば(それが幸せに結びつくかどうかは分かりませんが)正しくマザコンな男性を選ぶことをお勧めします。

正しいマザコンがあるなら間違ったマザコンもあるので注意が必要ですが、正しいマザコンは母親の価値観から離れながら母親を慕ういっぽうで、間違ったマザコンは母親の価値観に飲み込まれながら母親を憎んでいます(それがどれほど慕っているように見えたとしても潜在的な憎しみがある)。このことは心の隅にとどめておいてきっと損はないはずです。

男性にとっての幸不幸は幸不幸に依存しませんが、おそらく女性にとっての幸不幸は幸不幸に強く依存します。1人の男性が不幸のうちに生涯を送ってもなんということもないのですが、1人の女性が不幸のうちに生涯を送ることは1つの世界の喪失を意味する。少なくとも僕にとっての基本的な世界像はそのように成り立っています。

だからカップルウォッチングですれ違う女性に対して、どうかあなたにふさわしい相手でありまようにと僕はいつも願うことになります。



喧嘩別れした恋人がお互いの記憶を消去しようとするこの近未来ファンタジーに、どこか既視感を覚えたのはそうした事情によるのだろうと思います。僕にとって宿命的な女性と出会うときには、すでにその女性と出会っていた感覚がいつでもあります。

原題は『Eternal Sunshine of the Spotless Mind』で「真っさらな心に輝く永遠の陽の光」くらいの意味でしょうか。この原題もまた僕の少年期の記憶にまっすぐ結びつきます。少年時代に過ごした真っ白に染まった夏の正午過ぎに、やはり少女時代を過ごしていた誰かの気配があるからです。

そのことを象徴的に表したシーンがあります。

恋人のジョエル(ジム・キャリー)とクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)は、失恋の痛手を忘れようとお互いにお互いの記憶を消そうとするのですが、やはり記憶を失いたくないと思ったジョエルの中にいた2人が、クレメンタインと出会う前の彼の記憶の中に彼女を隠すことを思いつく場面です。そのようにして2人はお互いのことを表層的な記憶のうえでは忘れてしまうのですが、映画の冒頭のシーンに回帰していくように深層的な記憶に残ることになる。

現実世界に生きる僕にも同様の既視感があるのは、もちろん記憶の混濁であることには間違いありません。けれどそのことが意味するのは、僕のなかの過去の記憶が相手の存在を深く受け入れたということだろうと思います。「わたしの骨の骨、わたしの肉の肉」とアダムがイブに向けて言ったのもまた、同様の感覚に基づいているように思えてなりません。日々の生活を送るなかで、僕の記憶に宿る誰かの存在が、時間と共に深く溶け込んでいくような感覚があります。

表層的な記憶から忘れ去られることによって、記憶という名の時間は深層的にその存在を受け入れていく。このことは人についても、様々なものごとについてもあてはまるように思います。

ファンタジーのような出来事はきっと心のなかでは毎日のように起きています。そのことに気づく心は自然に気づくことになりますし、気づかない心はどのようにしても気づくことはない。それはもしかすると愛の力によるものではなく、何かを逸(そ)らすことなく見つめようとする、まなざしの問題なのかもしれない。
広樹

広樹の感想・評価

-
何年ぶりかの再視聴。忘れたい願望から忘れたくない本心に向き直る瞬間がめちゃくちゃ良いよな。うるうるしちゃう。今思えばなかなか豪華なキャスティングだよね。クレムのファッションが超かわいい。
太宰治

太宰治の感想・評価

4.7
忘れたいけど忘れたくないという誰もが経験しうる矛盾をうまく映画に落とし込めている
ap

apの感想・評価

3.0
映画見てる途中で寝たのは幼少期しかないけど、この映画序盤意味分からなくて気づいたら寝てた。それ以降面白くなるのかもだけど今ところ見るつもりはない。
久々にこんなド感情移入案件。。。。。

そして映画でしかできないことをやってるなって何回も感じるような豊富な映像表現
nanami

nanamiの感想・評価

4.0
ポスターで判断するの、やめようと決意…面白かった。。
WGA(米脚本家組合)の21世紀で最も優れた脚本101選で2位だったから観た。(1位はゲット・アウト)

50回目のファーストキス的な泣けるラブコメかと思ったけど全然違ってる。

脚本が強すぎる
記憶除去の施術できるって、ありふれたような設定でこんなおもしろいの… 冒頭は全部観てからもっかいみると楽しい。
最後の「Ok」号泣した。最もシンプルで最も愛に溢れたシーン。最も美しい数秒ランキング、『親密さ』のラストと張る。

その他

映像表現の勉強
記憶の中の映像はどうやって撮ったのか…??特に小ジョエルの記憶のシーン、Zach King的な面白さある。それ以外も映像的な試み結構多い気がして、楽しい。

ジム・キャリー最高
THE アメリカンな俳優と思ってたから…最初わからなかった。こんなに気が弱くて繊細な人の演技するんだと。。赤ちゃんのシーンとか幅広いし最高すぎ。

ポスター
絶対もっといいシーンあるやろ&映画のイメージとかけ離れすぎでは問題。。
クリスマスに恋人と観るような、赤裸々なつらみもあるけど全体的に明るさが支配してて恋と人生が好きになって大切な人を大切にしようって思えるような、そういう感じの映画をイメージしてた。ラブアクチュアリーとかホリデイとか。
私だったら、一番冒頭のジョエルが家で目覚めるシーンか、印象的なシーンの二人が凍った川で寝転んでるシーンにする。

その他
ケイトウィンスレット美しすぎるんよ。。美しすぎて話が入ってこない時間結構あった。

このレビューはネタバレを含みます

ええええケイトウィンスレットだったの?
ジャケットとイメージ違う、ルールが分からず置いてきぼり、だけど実は不倫相手の記憶消したって話は良かった、まぁ本編じゃないんすけど
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