yukacafe

タレンタイム〜優しい歌のyukacafeのレビュー・感想・評価

タレンタイム〜優しい歌(2009年製作の映画)
4.5
年々アジアへの興味が高まっている中、導かれるようにこの作品にたどり着いたのだが、初めてのマレーシア映画体験がこの「タレンタイム」で本当に良かった。マレーシアの文化的、宗教的背景について予備知識がなくても、作品の魅力は民族や宗教、言語すら超えてしっかりと伝わった。

ストーリーや設定が斬新な訳ではないのに、こんなにも心に残るのは、作品全体に溢れる優しい空気感と、印象的な音楽の力によるところが大きいのだろう。学生たちの懸命さは演技だということを忘れてしまうほどで、過去のどこかに置き忘れてしまった懐かしくどこか切ない感情を思い出させてくれた。民族や宗教の絡んだ複雑なエピソードも盛り込まれているのに、登場人物全員が愛おしく感じられるのは、ヤスミン・アフマド監督の人柄が滲み出ているからなのだと思う。古き良き時代の日本映画を思わせる世界観を感じたが、監督が最も好きな映画に「男はつらいよ」を挙げていたと知って、妙に納得した。

兄弟姉妹の描かれ方も非常に興味深く、ムルーと妹たち、マヘシュと姉、彼らの母と弟の関係性から、マレーシアで兄弟の繋がりがいかに強いかを知った。他民族国家だけに、血の繋がりによる絆を何よりも大事にするという事情もあるのだろう。病気の母を見守るハフィズにも支えとなる兄弟がいてくれたらと思わずにはいられないが、孤独に耐えながら逆境を乗り超えようとする姿に心を打たれた。

誰もいない学校の教室、廊下、開け放たれた窓など、度々挟み込まれる印象的なショットの意図はまだ良く解釈できていないが、これから何度も観るための楽しみに取っておきたい。

ヤスミン・アフマド監督は、この作品を発表した2009年に51歳の若さでこの世を去ってしまったそうで、日本人の祖母をモデルにしたという次回作が観られなかったのが残念でならない。また特集上映の機会があれば、彼女の遺した他の作品も必ず観てみようと思う。
yukacafe

yukacafe