ハッサン

素敵な歌と舟はゆくのハッサンのレビュー・感想・評価

素敵な歌と舟はゆく(1999年製作の映画)
5.0
『素敵な歌と舟はゆく』を初めて観たとき、なんだか分からないけどくすりと笑えて、今までより人生が愛おしくなって、歌と舟と酒がより好きになった。

でもその原題が『Adieu,Plancher des Vaches!(息苦しい地上にお別れだ!)(「Plancher des Vaches=雌牛どもの床」)』だと知ったとき、この映画の観方も少し変わった。舟乗りは、地上を離れて、あらゆる悩みから解放されることを夢想する。この映画は「雌牛どもの床」の上で暮らす私達の心に巣食う、不平不満の感情についての寓話である。

なぜ地上は「雌牛どもの床」なのだろう。若者は自分の人生が特別でかけがえのないものだと思っている。しかし、不幸にして、生きていく為には闘わなきゃならないこと、インチキをしなきゃならないこと、嘘をつかなきゃならないこと、やりたくない仕事をしなけりゃならないこと、未来は思っているほど期待できないこと、陽の当たる場所を奪い取るためには一所懸命に努力しなくちゃならないことも知ることになる。安定が保証された生活を手に入れるには ー「身を固める」には、取り返しのつかない沢山の不正を行わなければならない。そして、不正行為を犯した後は、別の生き方はほとんど不可能になる。自分に対しても、他人に対しても、欺瞞だらけの日々に気が付いたとき、人は地上を離れ、大海原へ旅立ちたくなる。

人生に大切なものはそんなに沢山あるだろうか。歌と酒、そして舟(=現実から逃避出来る逃げ道)さえあればいい。舟で逃げ出して海に出たとき、私たちはきっと、あんなに軽蔑していた地上を懐かしく思うだろう。