Jeffrey

タンポポのJeffreyのレビュー・感想・評価

タンポポ(1985年製作の映画)
4.0
「タンポポ」

冒頭、映画始まるらしいよと一言カメラに向かって白服の男が言う。各エピソード、夫亡き妻のラーメン屋、特訓、トラック野郎の助けを経て旨いものを。マナー教室、他店の偵察、スープ、グルメの先生、歯が痛い男、雨の中、カマンベールの老婆。今、性と食を混ぜたグルメ旅が始まる…本作は伊丹十三が昭和六〇年に東宝で脚本、監督し、米国を始めとする海外で一躍大ヒットしたラーメン映画で、クライテリオンでもBDが伊丹映画唯一発売されており、久々にBDボックスを再鑑賞したが傑作である。若き日の渡辺謙も出演している。ラーメンウェスタンと称したコメディ映画であり、主演は前作に引き続き山崎努、宮本信子である。映画のモデルとなったラーメン店は、東京荻窪の"佐久信"で愛川欽也の探検レストランでのストーリー(荻窪ラーメン)を下書きにしたとされる様で、全く関係ないエピソードがちりばめられており、役所広司の映画デビュー作でもある。

一部のマニアックなファンや日本国外からファンができるほど根強い人気を博し、反響が高くアメリカでの興行成績は邦画部門二番目となっている事は周知の通りだろう。この映画を見て日本通になったり、ラーメン店を開業する外国人も出現したらしいのだ。んで、〇九年にはオマージュとしてロバート・アラン・アッカーマン監督による「ラーメンガール」が公開され、本作の主人公である山崎努も出演している。確か撮影前に山崎はこの役のために東急自動車学校で大型自動車免許を取っていたと思う…てか、取得していなかったら映画が成り立たないだろうあの場面。明治大学政治経済学部教授で文学者のマーク・ピーターセンが英語表記に翻訳する時結構大変だった場面があったそうだ。

それにしても西部劇を縦糸にして食べ物映画を作ってしまう伊丹十三の凄さにあっぱれ。かねてから食べ物を素材にした映画を作りたいと言っていた彼がようやくウェスタンと言う要素にそれを融合させることを考えたのだろう。そもそも監督自身はラーメン屋にほとんど行かないと語っていたが、そのほとんど行かない中、行った先での体験をもとに映画を作っているのはデビュー作の「お葬式」も同じであろう。しかも前作同様に日常的なサスペンスを挿入しているし、彼の持つイメージに対する感覚が表れていて良い。この作品の画期的なところは十三の奇想天外なエピソードをない混ぜにしたところで、しかもそれがすべて食べ物がらみのテーマであり、なおかつ主人公が女性で、タンクローリーのドライバーが寂れたラーメン屋の美しい未亡人に惹かれるまま、そのラーメン屋を町ー番の店に作り直して去っていくと言うお話の単純明快さ、前作に引き続き老若男女の観客が楽しめる映画になっている。

そういえば歯の痛たい男をやりたがってた主演の一人山崎努は与えられたテンガロンハットを気に入ってしまい記念にもらったと言うエピソードがあるらしく、またラーメンを立て続けに二杯食べたりとかして、もううんざりだったそうだ。その歯の痛い男は当初監督自身が演じる予定だったそうだがなぜかやめてしまったみたいだ。ちなみに治療しに来た男役の藤田(監督)はちょうど歯の治療中だったそうであのリアルな演技ができたそうだ。それに宮本信子演じるタンポポの息子役で出ているターボーは彼女の子供の万平くんとの事だ。そういえばラーメンの先生役の大友柳太郎は映画を撮り終えたインタビューの翌日に亡くなってしまっている。改めてご冥福をお祈りしたい。さて前置きはこの辺にして物語を軽く説明したい。

さて、物語は夫に先立たれてしまった未亡人が経営するラーメン屋。そこに長距離トラックの運転手、ゴローとガンが土砂降りの中やってくる。店は寂れている。店主のタンポポが幼馴染の土建屋ピスケンにしつこく交際を迫られていたところをたまたま入ってきてしまったのだ。一方、彼女の息子のターボーは学校の友達に日々いじめられている。そして困り果てていたタンポポを助けようとしたゴローだが逆にやられてしまう。翌朝、タンポポに介抱されたゴローはラーメン屋の基本を手解きしタンポポに指導を求められる。そして次の日から行列のできるラーメン屋を目指し、厳しい修行が始まる。そこに様々なメインストーリーと関係ないサブストーリーがいくつか導入されるエピソードとして。それらは全てグルメに関係しており、それぞれに面白いのである。

白い服を着た男とその女との性欲と食欲を混ぜたセックスライフ、様々なグルメを持ち帰っては乞食同士食べ比べをして評価をしているホームレスたち、部長、課長、上司、平社員がフランス料理屋に行って食事をする場面、スーパーでチーズや果物を指で押してダメにしてしまう老婆の物語、マナー講座のイタリアンレストランでスパゲティを食べる際音を立てないと講師している女の場面などありとあらゆるエピソードが挟まれる…と簡単に説明するとこんな感じで、ポルノ映画としても見れるかもしれないほどの風変わりな性描写があり、正直食と性を混ぜた映画は気分を悪くする人もいるだろう。しかしながらエンターテイメント性は非常に高く、面白い映画である。この映画を見るたんびにラーメン、オムライス、その他いろいろ食べたくなってしまうのだ。


いゃ〜、久々に見たけど面白い。この映画が米国を始め外国でヒットしたのってやっぱり主演のタンポポがアメリカ人的未亡人のイメージで演じられているからじゃないかと個人的には思う。日本ではこーゆー未亡人の役っていうのは一途で健気な女性のパターンが多いが、この作品に限っては自由人でパワフルな女性を描ききっていてその点、アメリカ人らしい女性と重なって見えた。てかすっぽんを殺して食するシーンがあるのだが、その場に立ち会わせていた渡辺間て確か血も苦手だしそもそもすっぽんが大の苦手で見るのもダメって噂だったけど果たしてどうだったんだろうか気になるところだ。今回は役者の伊丹十三が監督をやって監督である藤田敏八が役者を演じると言う逆転も面白い。そういえば先生役の加藤さんは豚が大嫌いなのに調理場で豚の頭を持っているのを見るとかなり頑張ったんだろうなと思う…。

それにおめかけさん役で篠井世津子が少しばかり出演しているのも驚いた。彼女ジャズダンサーだからダンス映画とかに出演するならまだしも、れっきとした女優の一人として演じていて監督の見る目が違うなと思った。タイプが全然違う人物を起用すると言う好奇心旺盛なところが良い。彼女自身すごく役に合っていて、普段着物なんて期着てなさそうな風貌だけど、非常に似合ってた。そしてロングショットで高架下のシルエットのみで山崎努と安岡力也が暴力を振るうシーンはパラパラ漫画を見ているかのようで面白かった。伊丹十三の作品はメイキング映像がかなりーつのドキュメンタリー映画みたいで面白いのだが、テレビマンユニオンが関わっている分、かなり本編以上に面白くなりつつあるのがすごいところであるが、テレビマンユニオンと言えば是枝監督が関わっていた場所である。この映画のポスターである黄色を背景にしている絵は伊丹十三が書いたものなのだろうか、そこからグラフィックデザインを担当した人が追加で書いたんだろうか…atgのマークは伊丹十三が作り出したものだし、彼はそういうのもやる人物だから。


さて、印象的に残った場面は冒頭の映画館で白装束の役所広司がカメラに向かってポテトチップスを食べたりかさかさする音に対してのクレームを話すインパクトのあるファースト・ショットが面白い。そこから一時的にモノクロ映像になり、大型トラックに乗る渡辺健と山崎努の描写に変わって、壮大な音楽と共にタイトルロールが出現するまでの下りはすでに、この映画が面白いと暗示するかのようにワクワクする。そして前作同様にナレーションで物語が説明されていくのも非常に私的には好きだ。この映画繰り返し見てきてるが、何時何時見ても必ず腹が減ってしまうから厄介である。てか若い時の渡辺謙ハンサムだわ。この頃のラーメンの種類よりも今はかなりグレードアップし、様々なラーメンが出ているが、昔ながらのこういったラーメンと言うのはなかなか見かけることがなくなったな。昔近所にあった大浴場の食堂でこーゆーラーメンよく食べてたなぁかなり昔の話だが。

ラーメン屋に入ってヤクザに絡まれる主人公の男、ゴローがラーメンの中に入っているナルトをピスケン役の安岡力也の顔面に投げるカットってかなりやり直したって言ってたような気がする。そして先ほども言ったが、様々なエピソードが入っているこの作品で、お堅い常務等と一緒にヒラ社員がフレンチ料理に行って、課長よりも先に席に座ろうとして上司が止めたり、おっちょこちょいな場所を見せる場面が笑える。見た目は冴えない鞄持ちからフレームに出てくるが、フランス料理大好き雰囲気を出していて、いっちょ前に様々な知識をみせびらかす感じが何とも言えない。上司たちを尻目に、好き勝手にフランス料理を自由に注文する始末…。だが、メニューのフランス語文字が読めない課長も常務も専務も、なんでわざわざフレンチを選んだのかと言うツッコミも生じる。なんだかこの場面で、常務に続いて僕も同じのでと言う所凄い日本人的だなと感じた。

このメインストーリーとサブストーリーに分けられていて、サブはどちらかと言うと喜劇色に満ちていて笑える。このレストランの件もウケるし、特殊効果で顔を真っ赤にしているのも良い。そしてマナー講座の関係者の場面での吉田喜重の妻、岡本茉莉子がマナー講座の先生を演じているが、役にはまりすぎてて最高。しかも寄りのショットが気品溢れて迫力がある。結局、西洋料理屋でのマナー講座で、生徒相手に決して音を立てながら食事をしてはならないと教えていたが、自分も音を立てて(奥に座っている外国人の男性が音を立てまくって食べているのを生徒たちに見られてしまう)台無しになる。にしてもやはり役所広司と黒田福美の性と食のシーンは脳裏に焼きつく。ボウルに入った生きた車海老を腹に乗せたり、おっぱいに生クリームをつけたり、生卵の白身を唇につけたりと色々と印象的である。白服の男の食道楽に付き合っているのも謎で良い…説明がほとんどなされてなくて。ギャング風で全身白色のコーディネイトの役所演じる白服の男がかなりの食通で、死に際にも料理について語るんだから、かなりのグルメだなと感じるのである。

そしてホームレスの場面ではカメラに向かってホームレス数人が語るショットが延々と続くのだが、そこで一人の乞食が、一緒に来てたタンポポの子供に坊や何が好きなんだいと言った時にオムライスと言って、オムライスを作りに行く場面は音楽と共に愉快である。それがまた美味しそうに見えるんだわ。因みにタンポポを助けることになったセンセイを見事な合唱で見送るシーンで歌う仰げば尊しは日本合唱協会が歌ってる。そして、その場面が終わったら白服の男と女が卵の黄身を口移しする長回しが写し出され、女の口の中で黄身が割れて口から垂れ落ちるセクシーな描写もインパクトがある。そして小さな海女さんから牡蠣を譲ってもらって、その牡蠣を海女さんの手のひらから口に啜り入れる後に二人が接吻する場面もエロい。そこから映画監督の藤田敏八が、虫歯のある男を演じている。歯医者帰りにベンチでアイスクリームを食べようとしたがそこに居た子供にアイスクリームを譲る場面も微笑ましい。てか、歯髄壊疽って激臭なんだね…

そして大滝秀治演じる餅を詰まらせる老人の場面も印象に残る。昔は掃除機を口に突っ込んで餅を吸い上げてたな〜と。その縁ですっぽん料理が食べられる事になったタンポポらが徐々に美味しいラーメンを作るために仲間をかき集めていくゲーム感覚の演出も個人的には面白いと思う。宮本信子が様々な衣装に着替えて踊ったりするシーンは可愛らしい。その後の焼肉の場面も美味しそうなんだわ。それから意味わからないスーパーの出来事で、カマンベールを手でつぶしたり果物の桃を手で潰したり、あらゆるものを指で潰す老婆と津川雅彦演じるスーパーの定員との追いかけっこも笑える。それに井上比佐志演じる走るサラリーマンご臨終前の妻にチャーハンを作ってもらって食べるシーンもよくわからないけど印象に残る。サラリーマンで、私鉄沿線の小さなアパートに妻と三人の子供と住んで、妻の臨終に駆けつけ、彼女を励まそうとそうだ 飯を作れ…と声を掛ける場面は最近ファミリーマート(先に言っとく、ファミマはとばっちりでーミリも悪くない)のお母さんの味的な食品がリベラルに批判されてるの見ると、これもアウトになっちゃうんだろうなぁと非常に胸くそ悪く感じてしまう。

んで、白服の男の情婦演じる黒田福美がすばらしいメロドラマの泣き演技を見せる土砂降りの中での撮影は良かった。伊丹十三の作品て土砂降りのシーン多いよなぁ。この映画で一番考えてほしいと監督が言わんばかりのクライマックスの赤ちゃんがおっぱいを吸うシーンは、ここに食の原点というか、監督の意図とこの映画全体の意図が秘められている感じがする。ラストにあの描写を持ってくるのはさすがだなと思った。監督の感性が非常にわかる。そういえば出だしの映画館でポテトチップスを食べる男性はこの作品の音楽を担当した村井邦彦って言うのは豆知識ね。まだ見てない方はお勧めする。面白い普通に。
Jeffrey

Jeffrey