エリーン

ディア・ハンターのエリーンのレビュー・感想・評価

ディア・ハンター(1978年製作の映画)
4.9
とんでもない映画を見てしまった。最初の結婚シークエンスを鈍長くらい細かく長く、そして時系列を地続きで描くことによって、キャラクターたちの実在と普通の暮らしが際立つ。ここでは全ての役者のあまりにもナチュラルな素晴らしい演技に感動すると共に、少し年下なのか2枚目で弟っぽくてでもグループから尊重されているニック(クリストファー・ウォーケン)の存在感が自然で素晴らしい。若きウォーケンの美しさは筆舌尽くしがたい。
自分たちが今後向き合わなければならない戦争という事柄から目を背けながら馬鹿騒ぎをするが時折そのことが頭をよぎるという描写を、デニーロ演じるマイケルが狂ったように走りながら全裸になってゆく愉快だが自暴自棄のようなシーンや、仲間が弾く美しくも悲しいピアノの音色に皆で聞き入る美しいシーンに完璧に表現されている。鹿狩りのシーンの神々しさもこの映画をより重厚にしている。
その直後いきなり叩き落とされるこの世の地獄。
ロシアンルーレットのシーンは一瞬も目が離せず本当に悪い冷や汗を書いた。結婚の日常からここが地続きに繋がっているということが嫌でも突きつけられてくる。
撮影で今のハリウッドではありえないくらいめちゃくちゃ体を張っているのも一目で分かる。ロシアンルーレットの3人の演技はとにかくすごい!
サイゴンで賭場の観客にマイケルがいたシーンでも声が出るほど心底ハッとさせられたし、その後ニックが何の躊躇なく3回引き金を引いたシーンでは唖然として心臓がバクついた。
マイケルが帰還した時のおかえりなさいパーティーを避けてしまう描写のリアルさと鋭さがエグい。ここから、1部ではリンダなどを巡ったロマンスの香りがしていたところから、究極的な男の友情、人間の絆にシフトしていく。この感情変化の素晴らしさも、やはり3部構成を緻密に描いていることから際立って来ると思う。

ちなみに彼らはどうもギリシャ系移民でギリシャ正教の結婚式が行われていることが民族衣装や国旗から読み取れる。そして現実に、アメリカでは当時ヒッピームーブメントなどに傾倒していた大学生にはベトナム戦争徴兵の猶予が与えられていたが、映画の中のマイケルたちのような工場勤務のブルーワーカーから優先的に徴兵されていた歴史をふまえなければいけない。能天気に反戦を訴えるヒッピーに対してブルーワーカーと保守派が暴動を起こした事件も有名だが、この対比は2部を経て3部で戦争を知らない地元の人たちに馴染めないリアルさに反映されていて、もし私がグリーンベレーで、あの地獄を見てもいない長髪でドラッグを燻らすヒッピーたちが「ベトナム戦争はんたーい」などと言いながら笑って踊っていたらぶん殴りたくなってしまうかもしれないのが恐ろしい。

とにかくデニーロの演技がすごい。最後のサイゴンのシーンは、もうどうしようもない悲しみに包まれた。
ベトナムではロシアンルーレットの事実は無い、そしてアメリカ兵が被害者のように描かれることに、差別的だと抗議もあったしそれは当然だと思う。しかしロシアンルーレットは不条理に殺し合う戦争のメタファー、そして加害と被害はいつでも表裏一体であるということが本作では大変重要だと思う。
最後に歌われるアメリカ国歌の空虚さが全てを語っている。

ちなみに夫はアスペルガー気質で状況や情感の読み取りが大変苦手なのだが、特に本作は台詞以外の間で感じ取る部分がおおく、終始「今のはどういうこと?」など質問を受け続けた。それくらい、この映画の"行間"がリアルということでもあると思う。
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