トランティニャン

バーバー吉野のトランティニャンのレビュー・感想・評価

バーバー吉野(2003年製作の映画)
3.5
『かもめ食堂』 で一躍脚光を浴びた荻上直子が、PPF(ぴあフィルムフェスティバル)のスカラーシップで撮った初の長編作。一見何の変哲も無い、むしろ退屈とすら思える日常に意図的にギミックを挟み込み、物語を輝かせる手法はこの時点で確立されていて、やっぱり才能ある監督は違うなと思いながら見た。

ある村の男の子は、みんな同じ床屋で同じ髪型にされ、牧歌的な田園風景の中で“ハレルヤ”を歌う――当初はこの冒頭のイメージありきで、そこから監督は脚本を膨らませていったんだろうと思う。鑑賞する側ものっけから監督のやりたいことを全部見てしまったかのようで、「で、これからどうすんの?」と身構えることになる。

そこからのストーリーもよく描けているが、書き出すとありがちといえばありがちかもしれない。自己完結した田舎の小学校に転校生がやってくる。彼の都会的なルックスと持ち物と価値観は外の世界を知らない少年たちに刺激を与え、これまで抱いていた常識は覆される。やがて少年たちは感化されて、自由を求めて大人たちにささやかな抵抗を試みる。その過程で、子供たちは少しオトナの味を知る。
けれど、それで十分だし、それがいい。なぜなら、そのささやかな抵抗の引き金が「吉野刈りなんて嫌だ!」なんだし、少年たちが対峙しなければならない権威とは、「床屋のおばさん」なのだから。

ということで、やはり、もたいまさこが素晴らしい。
フレームに収まれば佇まいだけで全部持っていってしまうアンタッチャブルな女優だけど、彼女のそんな「卑怯さ」が無かったら、この床屋のおばさんは、何のために続けているのかも分からない因習を子供たちに強いている、強権的で保守的なおばさんに成り下がってしまう。もたいまさこがいるから、この映画の「大人たち」は観客に嫌われることがないし、反抗する「子供たち」もまた、「大人たち」を心底憎むことができない。