ひれんじゃく

ソイレント・グリーンのひれんじゃくのレビュー・感想・評価

ソイレント・グリーン(1973年製作の映画)
3.9
観たかったタイミングでリマスター上映が来てくれたので喜び勇んで見に行った。以下ネタバレ。






















 冒頭で段々人間が増殖していく様子が写真で語られるけど、あまりにもスッと何の前触れもなく来るものだからいつもの製作会社の紹介だと思って呑気してた。それはライオンが吠えるところまででしたわ。愚かなので途中で気づいた。車が何千台も整然と並んでるところがなんだかゾッとしたなあ。ポスターでも予告でも「人間がいっぱい」といってるのでテーマ的には明らかだったものの、それでも。

 特に説明もなく殺人が起きたり「家」っていう老人と関わりのあるらしい施設の存在が仄めかされたり、「本」や「家具」と呼ばれる人々が出てきたりソイレント・○○っていうあからさまにヤバイ栄養食が出てくるものの、のちのち解明されていくのと描かれ方がうまくて見入ってしまった。世界観が作りこまれているのに、最小限のセリフで不安と恐怖をあおりつつ展開していくのがよかった。観客にとって初めて目にする概念をどううまく説明しつつ馴染んでもらうかがSFの真骨頂だと思ってるんだけど、めちゃくちゃそこらへんがうまい。
 その延長で個人的には主人公が殺された被害者の家に行って水道を目いっぱいひねってザブザブ顔を洗ってるところと、石鹸の匂いを嗅いでうっとりしている表現が印象的だった。一切のセリフなしで「この2022年の世界は水が不足してて、一部の富裕層しか思う存分使えない」っていうのが説明されてる。非常に鮮やかだと思った。まあ食料が不足してて電気も止まりがちなら当然水もないよねと少し想像力を働かせればわかることではありますが…関係ないけど富裕層以外みんな暑そうで汗だくなのが細かくてこれまたすき。「外は30度ある」に説得力がある。配給のちっさいリンゴとひとかけらの牛肉とセロリ?とかっさらってきたバーボンでささやかな夕食に舌鼓打ってるところも切なくてよかった。あんなちょっとの食料でももうこの世界では激レアな存在なんだ…
 2022年の設定で当時からすると50年後くらいの未来を描いてるのに未来要素がほぼなくないか?と思ったけど電気が不足してて食糧をめぐって争いが起きるようなあの感じなら技術の発展とか起きようがないよなあと普通に納得した。埃っぽくて汚らしい街の描かれ方も相まってあんな世界で科学が発展できるわけがないよなあと。そもそも自然をぶっ壊したのも科学だし世間の目も厳しくなったのかも、などなど想像も広がる。

 「家具」っていう概念のキモさが予想以上で常にオエ…というお気持ち。いやーきついですって。世紀末になると女性は性的もしくは子供を産む道具にされがちな気がしてるけど、なんというか「家具」っていう名称とその名にふさわしい扱われ方でその観点がお出しされるなんて思いもよらなかった。まさしく家に備え付けの家具のように、オーナーの許可なしには部屋も出てはならないし、住人に気に入られなければ放り出されるっていうのがさあ…主人公も主人公でその扱いに怒ってる割には無遠慮に飲み物を奪い取ったりしてるからしんどい。それだけ格差がしみついてるっていう表現かもしれないけど。

 「本」のおじいちゃんが向かった「家」ってなんだ?見た感じ老人ばっかだしこの世界の老人ホームみたいな感じか?と眺めてたらアレこれ安楽死の施設では?とじわじわ嫌な予感に蝕まれはじめまあ案の定、という。そこで出た死体はその後…そもそも4000万人で既にミッチミチなニューヨークで老人の面倒を見る余裕があるわけはないと。はい…
そこで流れた映像がそっくりそのままエンディングに流れるのも凝っててよかった。インセプションのラストじゃないけど、映画の世界観がそのまま現実に持ち込まれる余地があそこで生み出されている気がして。よく考えたらあの自然の映像、映画のスクリーンみたく横長の画面だったしなあ…もしやもう私は映画館で映画を見てると思ってたけどそれは嘘であのベッドでガスを吸いながら今は無き豊かな自然を懐かしみながら死のうとしてたりしますか???

 今だったら主人公の告発の行方とか「家具」や「本」の掘り下げとかそもそもなんで主人公は「本」の死体の行方を追ったのかとか掘り下げが入って下手したら壮大な方向へと舵を切りかねないけど、「ソイレント・グリーンは人間が原料なんだ」と血まみれの手を映した後急に「家」で流れてた映像と音楽が流れるエンドロールに入る潔さが昔らしくていいし流れ的にも無駄がないように思った。あれかな、事前に「私のおばあちゃんは葬式を挙げてもらったのに」って聞いてたから、死体を回収して弔おうとか考えたのかな。動機がわからずもやっとしたけどまあそれはどうでもいいんですよね。もう海もなくてプランクトンも絶滅してミラクルフードの材料たり得るのは人間しかいないっていう部分が最重要なので。このままじゃ家畜として飼育される存在になり下がるぞという主人公の絶叫が怖い。
 運よく2年前の時点ではここまでひどいことにならなかった世界に生きてるけど、別にこのエンドが回避できてるわけではないってのが最悪ポイントだよなあ。帰りの人込みとか熱気がなんだか怖くなってしまった。できることは少ないかもしれないが、自然は守っていかないと近い将来緑色の合成食品にされてしまうかもしれんという緊張感をもって過ごそうという気持ちに安直になった。環境破壊について語るときは実際の公害とかと合わせてこれも同時上映すべき。
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