2018-053-045-008
2018.3.3 TC長崎 Scr.6
午前十時の映画祭8 20本目
・行間を読む。
・淡々と。
・食べること、生きること。
・秋(とき)
大人の映画でしたねぇ。
ストーリーや台詞の外を味わう映画かなと。
まさに行間を読む、って奴。
学生の頃とかに観ていたら、意味分かんなくて、(?_?)ってなってたと思う(笑)
淡々と日常を描いていく。
時折シュールな笑いを差し挟みながら。
そして、フォローさせて頂いてる小一郎さんのレビューにもあるのだけれど、兎に角食べるシーンが多い。
多分、食=生きること、なのかなと。
時代もまだ十分に豊かな時代じゃなくて、食べること自体がより重要度の高い関心事だったのかもしれないな。
まず生きるってことがあって、
皆生きることを踏まえてる大人で、
心の中で色んなことを考えてる。
だけど人の心の中って、分かんないよね。
だから皆表面上は、黙々と淡々とただ生きていく。
本作のドラマの後、家族は転機を迎えるのだけれど、
それもまた、淡々と描かれる。
淡々と何事も無かったかのように時は紡がれる。
何があってもなくても時は流れていく。
それが生きていくということ。
人は生き続けていかねばならない。
生きてる限り
だからこそ、
折々に起こる出来事の一つ一つが大切で、
人の「想い」って奴が愛おしい。
年月を積み重ね、
人の想いは醸成して
その全てが大事で、ささやかで、美しく輝く。
麦秋ってのは、
どんな意味だったんだろう?
調べたら、初夏だって。
だけど調べる前、上映中は色んなことを考えちゃいました。
普通は米だよね。日本人だと。
だけど、麦の実ってるのって、すっごい綺麗らしいですね。黄金に輝いて。
・・・少し地味かもしれないけれど、充分に、本当に美しい。
人生が実る秋(とき)。
そんな意味なのかなって空想したりしてました(笑)
そういう感じを沁々味わえるのって、
おっさんになるのも、まんざら悪いことじゃないな。(* ̄∇ ̄)ノ
なんて(笑)
感じ入りました。
名作です。
原節子さんに恋しちゃいました。
多分(^_^)
追記。
・最初の方のあのシーンで、
紀子さんの気持ちには、何となく気付いた気がしてました。
へへっ♪(* ̄∇ ̄)ノ♪(笑)
・途中まで「眠いかも・・・」とか思っちゃったりしてたのはここだけの話でf(^_^;
・「秋」と書いて「とき」と読む。
北方謙三風~♪(* ̄∇ ̄)ノ♪(笑)
・うん。分かる。
カウリスマキ監督の「希望のかなた」のレビューで、TakaCineさんが教えてくれた通り、カウリスマキ監督は小津監督を意識してるよな。
そういった楽しみが増えますよね。色んな映画観たり、色んな方に教えて頂けると。
それは嬉しくて、いいことです。
ありがとうございます、TakaCineさん(^_^)