ジョンマルコビッチ総統

SPIRIT スピリットのジョンマルコビッチ総統のレビュー・感想・評価

SPIRIT スピリット(2006年製作の映画)
4.0
100本目(2020年)
復讐や名声ではなく、中国武術の精神をテーマにした本作。そう言った意味で他のカンフー映画とは一線を画す、まさに武術映画といえる。ジェット・リー が最後の武術映画として全身全霊を込めただけある傑作だと思う。

かつてフィスト・オブ・レジェンド(怒りの鉄拳のリメイク)では、武術の精神を通して人と人は理解しえるということを主人公と倉田保昭の戦いで表現するも、ドラマ性、エンタメ性の面から(リメイクだしね)ラストバトルではやはり勧善懲悪に終始せざるを得なかった(もちろん、だからこそ面白かったのだが)。
その際に見られたジェット・リー 、武術監督のユエン・ウーピンの武術に対する姿勢が、本作では始めから終わりに至るまでしっかりと貫かれている。

演技力的にも金銭的にも若い頃には決して表現できなかっただろう。さまざまな時に壮絶な人生経験を経て、やがて香港電影金像奨の最優秀主演男優賞をとるまでの演技力を磨き、精神的にも成熟したこの年齢だからこそ、満を持して演じることができた役ではないだろうか。

最初に他のカンフー映画とは〜と書いた。決して他の映画を下に見るわけではなく描くテーマが違うと言う意味で書いたのだが、本作は、「未熟なものが挫折を経て、己を鍛え宿敵に勝利する」という意味では、まさにカンフー映画の王道の展開といえるかもしれない。

以下ラストまでのあらすじになるが、
武術の腕が立つが故に自らの力に驕り、過信から周囲の助言にも耳を傾けようとしなかった精神的に未熟な霍元甲が、その未熟さ故に人の恨みを買い、そのせいで家族を殺されてしまう。自殺を試みるまでの後悔と絶望を経験するも辛くも命を繋ぎとめ、神仙世界的な山中の農村で調和を学び、武術とはなんたるかの精神の修養を行う(ここは中国的で面白い)。高い精神性を培い再び市井におりた霍元甲は、列強に蹂躙される祖国を憂い、自ら武術の精神を通して人として尊重しあうこと、自分という敵に打ち勝ち、精神的に強く優しく誇り高くあることを訴える。
終盤の武術大会で卑怯な手で毒を盛られるも、対戦相手となった(当時国力的には上位にあり、精神的にすでに敵対しかけていた)日本の高潔な武術家と戦いを通して理解しあい、相手から真の尊敬を得る。
これは基本的なカンフー映画の筋と同じである。違うところは戦う相手が外的な敵ではなく、自分自身という部分だろう。


自らを顧み自らに打ち勝つことで人間は誇り高く優しく謙虚であれること、武術は暴力の道具ではなくそういった精神修練の手段であること。
世界中の人々がそういった高い精神性を獲得できれば争いはなくなっていくだろうこと。
中国や日本を含む世界中に対して訴えているだろうこの理想は、映画を見た人々に伝わり、きっと共感を得られるだろうと思う。

まさにジェット・リー のカンフー映画の集大成。

素晴らしかった。
その高潔さに尊敬を込めて。