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早春のleylaのレビュー・感想・評価

早春(1956年製作の映画)
4.3
未レビューの作品を再鑑賞。小津作品は大好きなので長文です、スルーしてください。

今作は家族というよりは夫婦の話。若い頃に観た時は不倫モノという印象が強かったけれど、今観ると敗戦後に生きる男たちの悲哀を描いた作品に思えました。観る年代によって感じ方が変わるのも小津作品の良さですね。

高度成長期の少し前、どこにでもいるような夫婦の物語。夫は会社の女性に言い寄られ、うっかり過ちを犯してしまう。妻はそれが許せず家を出て行く…と、言葉にするとありきたりなストーリー。

満員電車で通勤し安月給で働くサラリーマン、敗戦の傷跡が心の奥でくすぶる元兵士の仲間たち、死にゆく会社の同僚…さまざまな男性たちの不満や嘆きの声が会話の中で行き交う。それは当時の社会全体の不満でもあるのでしょう。

言いたいことをバンバン言うのは妻であり浮気相手である女性の方。同じ会社の男性たちに不倫のことを責められる女性が、正々堂々と自分を通すことで男たちが悪者に見えてくる。この時代、男性が女性を殴るのはごく普通だけれど、今作では女性が男性に殴りかかる。逞しい女性像です。

それと反対に、サラリーマンであることの諦めや家庭の大黒柱として重圧がのしかかる男性のやるせなさがヒシヒシと伝わってくる。安定はしないが、脱サラしたカフェの店主や鍋工場の経営者がイキイキしていたのが対照的に映ります。

池部良と淡島千景が夫婦役で、浮気相手には岸恵子。岸恵子の美しさと衣装の華やかさ、淡島千景のキリリとした佇まい、イケメン池部良の煮え切らなさが、いい塩梅。向かいの住人の杉村春子や先輩役の笠智衆も脇を締めます。

「いろいろあって、本当の夫婦になるんだよ」と笠智衆さんが言う。これは『晩春』の笠さんにも繋がっているようで不思議と説得力があります。

感動めいたセリフは一切ないのに、最後にウルッとしました。小津さんと野田さんの脚本は、相槌ひとつまで一言一句、流れてしまう言葉はなく、1つのセリフでも緻密な計算の上で時間を掛けて撮られていることがわかります。言葉と言葉の間合いを埋めるのは観る側の頭の中であることも、余韻を残す理由のひとつ。そして、ラストの列車と煙突と青空の光景にいつもジーンとしてしまうのです。

余談ですが、ジャケ写のシーン、劇中では池部良さんは淡島千景さんには触れてないです。

2000Mark目
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