亜海

ビフォア・サンライズ 恋人までの距離の亜海のレビュー・感想・評価

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この間のパリへの飛行機でもこんなことがあったり旅をしていると往々にしてでもないが(性的なものに限らず)こういうことがあったりするので、出会いの仕方や知らない相手にひと目引かれて気にする目線の感じとかはあーわかるー という感じ 終始にこにこはしていたよ 
はじまりのうたのデートみたいでいいわね

序盤の方の主人公の男の態度が若干気に食わないなと思いました
まじで英語しか喋らねーな!自分もやってまうけど開口一番Do you speak English?じゃねえのよ、挨拶くらい学べ、英語がいちばん偉いと思ってんじゃないよ!
(「英語しか喋れない知性がないアメリカ人です」みたいな皮肉があったのは良かった、ああやっぱそういう社会通念はあるんだねと思った)

全部があんた主体やないか!という言い方に聞こえた
ウィーンからパリまでのチケットどうすんのよ!

この映画単に旅のロマンスの話だと思っていたけれど、実はアメリカとヨーロッパの対比、資本主義への捉え方の対比 みたいなところからも話ができるんだね

夜のカフェのシーン
会話や読書など相手との時間を楽しむウィーンの人々と、
店のサービス、そのスピードなど「カネを払ったモノ」のクオリティを重視するニューヨークの人々

ジェシーとセリーヌの思想も対照的
(それであっても惹かれ合うことができるというのは、思想が近しい人としかこういう話ができないのかもと思っていた私にとっては少々希望)

詩人に払ったお金がジェシーはかき集めた小銭、セリーヌはお札
セリーヌは手相占いにお金を払う
ダンサーに対して「何事にもお金がかかるな」というジェシー

セリーヌは「文化にお金を払う」ということが当たり前だと思っている(かつ、文化や文化的経験から思想など様々なことを得られると思っている)が、

どちらかというと資本主義側(うまい言葉が見つからず)であるジェシーは(単にお金が無かったからかもしれないが)、お金をただ「使うもの」としてみているような。

この映画はかなり『花束みたいな恋をした』的でもあるなーセリーヌは絹ちゃん、ジェシーは麦くん

これらの対比は実際パリに行って感じたことでもある、文化が集まっていて、文化と自分と人を大切にしていることが非常に伝わってきた。

ofr paris が出版した本にも
パリの人がどれだけ文化や「自分をケアすること」というものを大切にしているのか、パリに定住する人はビリオネアになるために来ているのではなく、人生のクオリティを大事にするために定住(移住)するのだということが書いてあった。

大人になってから行くヨーロッパ圏の旅では、
働くようになって資本主義的価値観を日々見続けているからこそ、文化や自他を愛するの大切さみたいなことに気づけたりできるんだな。

4年前ロンドン行った時なんて、お金も知識もなかったから、ドミトリーの暗いベッドで、テスコで買った5つ入りの特にうまくないベーグルとか食べて過ごしていたけれど今はやろうとは思わない、それこそこの映画のワイングラス盗んじゃうみたいなのは、お金がない大学生だからやろうと思うことなんだよな

セリーヌの聡明さ、自立心 ありがとう わかります
ソルボンヌ大学!パレスチナのデモやっていたソルボンヌ大学!
亜海

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