三樹夫

少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録の三樹夫のレビュー・感想・評価

4.0
『少女革命ウテナ』は「王子様とお姫様は幸せに暮らしましたとさ、めでたし、めでたし」というのに本当にそうなの?といったところから出発しているように思う。ウテナは王子になろうとしている王子、アンシーは姫から墜ちた姫、鳳暁生は王子から墜ちた王子であり、不完全な王子様とお姫様しかいない。音楽がJ.A.シーザーであることもからも分かりやすいが、前衛舞台の要素がぶち込まれ背景などは完全に書き割りでこれは舞台ですと提示される。世界は舞台化されており、つまりこれは私たちの現実世界を学園に集約させ舞台化させて描こうとしている。そしてメタファーおじさん幾原邦彦がこれでもかとメタファーをぶち込み、TV版とはまた別世界のウテナのお話がこの映画だ。

この世界にはもう王子様はいない。しかし男性には王子様の役割が与えられ、女性にはお姫様の役割が与えられる。全員の心の中に王子様お姫様ドグマが染み渡っている。その結果、男性も女性も心が壊れて苦しむこととなる。心が壊れて近親相姦にまでいってしまう。王子様お姫様の役割が与えられどうなるかというと決闘のシーンが分かりやすいように、お姫様(女性)は王子様(男性)のより男らしさを誇示した方へのトロフィーというもの扱いになる。これは勿論現実世界のメタファーになっている。そして冬芽が説明するようにこの世界は王子様のための世界、つまり男性社会だ。男性社会だからと言っても男性もまた心が壊れる。これで誰か得している人っているんですかねとなるが、いた!王様(大人の男性)だ。この映画には大人がほぼ出てこないが、唯一出てくる大人カテゴリーのキャラは鳳暁生と、冬芽をレイプしていたおっさんだけだ。つまりこの世界において大人は、少年少女を食い物にする碌でもない奴として存在している。食い物にする碌でもない大人像は、90年代の援交オヤジのイメージもあるのかな。
王子様のいない世界で、ウテナは男装をして王子様を演じようとしている。しかしあくまで王子様を演じているに過ぎない。そのため相手の本質を描くというスケッチシーン以降は髪が伸びており、そこから本当の自分になろうとしていく。スケッチシーンはどう考えてもセックスのメタファーだが、このシーンに限らずウテナとアンシーはセックスをしている。作中のセックスに関しては精神を傷つけるネガティブ要素と、精神と精神の融合的なポジティブ要素の両方あるが、それにしてもセックスの幻想強すぎない?と思わないでもない。
鳳暁生は王子様世界で王子様という下駄をはかせてもらわないと生きていけない情けない男だ。そして鳳暁生のような男性は現実にも必ずいる。誰しもがそういう人に遭遇する経験があると思う。また映画はTV版よりもより情けなさが強調されている。彼の持つイカつい車は成功した大人の象徴みたいなものだが、鍵を失くし動かずただのお飾りになっている。映画では王子様人間のミッチーが声優をしており、そのことで小杉十郎太やっていたTV版よりもより情けない雰囲気が滲み出ているが、これはミッチーに皮肉も込めてのキャスティングだったのだろうか。ミッチーは声優としての演技力があったわけではないが、情けない王子様鳳暁生への説得力が増す良いキャスティングだったと思う。
冬芽はこの王子様お姫様世界を完全に理解しており、その加害性も分かっている。そして諦めたかのように一応王子様をやっている。

この世界に対してどうするかというと、ウテナカーで外の世界に行く、これが世界を革命する力じゃとブチ上げる心が沸騰する熱い映画だ。外の世界というのは王子様だのお姫様だのそんなものに囚われない世界で、ウテナとアンシーの女性同士でキスが示唆的だ。車は自分の力で外へ向かう=自立のメタファーで、フェミニズムによる家父長制からの脱却のようなクライマックスとなる。向かう先が世界の果てかもしれんが、必ず賛同者やついてきてくれる人が現れる。そこに西園寺がいるのは王子様お姫様世界にどっぷりな人間すらも目覚めてくれるかもしれないということが示されている。
ウテナカーで外の世界へ行こうとすると追手が来るというメタファーは、現実世界でこういうのもう100万回くらい見た。枝織は王子様お姫様世界における自分の賢い生き方として世界にコミットして振る舞うということをしている。勿論コミットしたところで心は壊れる。外の世界へ出ようとするウテナとアンシーは枝織のアイデンティティークライシスだ。鳳暁生は王子様お姫様世界の恩恵を浴びて生きている人間だ。だからこそウテナとアンシーの行く手を阻む。心を失くせば壊れることはなく、生きながら死ぬという何も考えず世界にコミットすることを提案する。現実にこういう人たちを目の当たりにするため、ここら辺のメタファーは生々しい。
ウテナカーのシーンは、様々な事柄をメタファー化しさらに映画のダイナミズムも表現している。アニメの特性を上手く利用した、アニメにしかできない最高のシーンだろう。

ミッチーがこの映画をどう思っているか知りた過ぎて色々検索していたら、映画舞台挨拶密着とミッチーへのインタビューをやっているTBSのワイドショーの動画を見つけたが観て爆笑した。会場を埋め尽くす女性ミッチーファンが薔薇を持って黄色い声援をあげ、投げキッスをするミッチーととんでもないものが映っていた。王子様なんていないという映画を観てミッチーファンはどう思ったのだろうか。インタビューもミッチーがドライブしまくってて最高で、「及川さん」「及川さんなんて水臭いじゃないか、ミッチーでオッケーだよ💖」、身長175㎝(バトルモード時183㎝)など私も一発でミッチーファンになってしまった。結局この映画についてどう思っているかは全く分からないが、全力で王子様をやっているのは伝わってきた。
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