パングロス

さらば、わが愛 覇王別姫のパングロスのレビュー・感想・評価

さらば、わが愛 覇王別姫(1993年製作の映画)
5.0
風華絶代

映画史上の最高傑作。

1993年の共産党中国、イギリス統治下の香港、そして台湾による奇跡の合作。
(エンドクレジットには日本人技術者の名前も複数あり。)

序盤、いたいけな子役たちがお尻を丸出しにされて鞭打ちされるシーンから、落涙滂沱。

映像芸術の世界遺産。


4Kレストア版によるリバイバル上映だが、
豊岡劇場では設備がないためか2Kでの上映。

冒頭、京劇団の子役たちが猿を演ずるのをやんやと騒ぎながら観る群衆シーンから胸が躍る。
遊廓づとめの美しいが我が子を育てられない若い母親が、子どもとともにその様子を楽しげに観ていたと思ったら、その足で劇団を率いる座長に子どもを引き取ってもらえないかと懇願。
座長はその子の指が6本あるのを見て、
「こんなやつは観客が怖がるから引き取れない」
と断ると、母親は、刃物で息子の6本目の指を出血をものともせず切り落とす。
次のシーンでは、劇団の大人たちが、いたいけな俳優の卵たちを折檻する、文字通りの鉄拳制裁をふるう凄まじさを見せるなか、美少年に成長した元6本指の小豆が登場‥‥
と、物語はテンポよく、次から次へと息つく暇もないほど展開。惜しみなく予算を使い、人海戦術にしろ、どう見ても各時代の各階層の中国人民にしか思えない数えきれないほどの出演者を澱みなく投入しつづける。

千変万化、まるで万華鏡のように繰り広げられる映像の洪水に、3時間弱という長尺(『ラストエンペラー』より9分長い)の弛みを全く感じさせない。

一度は観ているはずで、レスリー・チャンの化粧した姿は確かに記憶があるのだが、30年経ったせいか、その他の細部はすっかり忘れてしまったらしい。
こんなにも、最初から密度が高く、すべてが最高度に映像化され、「面白かった」のかと瞠目を禁じ得なかった。

ちなみに、レスリー・チャンの虞美人は彫りの深い顔だちのせいか、少しくどい感じがして素顔で演じた方が女形らしく、扮装化粧した姿としては少年時代の小豆を演じた尹治(イン・チー)の方が似合っていたように思う。

それにしても、30年前の、それも中国映画にして、これほどまでによくぞと思うほどクィアの深層をえぐり出している。
少年時代から美少年だったがために女形になることを強いられる。
「女として生まれ」というセリフを、折檻されても「男として」としか言えない描写がつらい。
室町時代の能役者も、江戸時代の歌舞伎の役者も、かつてはそうだったが、「ご贔屓(パトロン)」への性接待の強要。
やがて、覇王別姫の虞美人を演じて、
「彼ほどになると、役に入り込んで、もう自分が男だか女だかわからない境地に至っているのです」
と評されるまでに、骨がらみのクィアとなり、観惚れる女たちも男たちも虜にする。

京劇の虞美人という役に、それを演ずる程蝶衣が同化して重なり、さらにそれを演ずるレスリー・チャンという46歳で自死を選んだ一個のクィアな俳優の人生が二重、三重写しとなって迫ってくる。

涙なくしては画面を観ていられないはずだ。

それにしても、長く変化に富んだ中国近現代史を描きながら、細部にわたって、実に丁寧にしっかりと作られている。
日本軍も登場するが、モブとしても、しっかりそれらしく見えるし(日本軍にも騎兵隊ってあったんですね)、日本軍将校の青木三郎はどう見ても日本人にしか見えない(実際は中国人俳優の智一桐)。
こうしたあたりが、韓国ネトフリドラマ『京城クリーチャー』のなんちゃって日本軍の描き方と志からして大きく違うところだ。

日本軍の描き方自体も、(大嫌いな表現だが)最近の流行りで言う反日的なものでは決してない。
日本の軍人よりも、戦後の国民党軍の方が暴力的で非道であり、それよりも共産党政府による文化大革命の弾圧の方が圧倒的に非人道的だと指弾しているからである。
主役の程蝶衣は、軍事法廷で、我が身に不利になるとわかっていても、日本軍の青木は立派な人だったと証言するのだから。

言うなれば、本作の主眼は文革批判にあり、北京生まれながら文革で16歳にして雲南省のゴム園に下放されたというチェン・カイコー監督自身のトラウマが作品の基調をなしているということだろう。

ちなみに、パンフレットで東大名誉教授の藤井省三氏が
「今なお文革も同性愛もタブー視されている中国で、『さらば、わが愛/覇王別姫 4K』が上映されるとしたら」
と書いているが、現在の中国では本作は上映できないのだろうか。

伊・中・英・仏・米5ヵ国合作の『ラストエンペラー』の公開が1987年だったことを鑑みると、1989年の天安門事件でしぼんだとは言え、1990年代初頭まで中国第五世代の監督勢の創作活動は依然活発だったということだろう。
30年後の現在から振り返っても、明らかに世界文化史における中国映画の黄金期であり、覚醒した「眠れる獅子」の底力を見せつけてくれていた。
その黄金期に、本作というかけがえのない至宝が産まれたことに、今は感謝するしかない。

 ※以上、2024.2.12鑑賞投稿の4Kレストア版
  レビュー(本枠より36個前に投稿)を転載
  なお、豊岡劇場の詳しい説明は割愛しました。
パングロス

パングロス