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麦の穂をゆらす風の3kiのレビュー・感想・評価

麦の穂をゆらす風(2006年製作の映画)
3.9
『わたしは、ダニエル・ブレイク』公開記念!

今まで触れて来なかったケン・ローチ監督作を観てみる!~1~


・巨匠にも程があるケン・ローチ監督の、恥ずかしながら僕はその作品を観たことがまだひとつもなくて。カンヌ映画祭のパルムドールを2回もとった人の作品を観ずに、映画好きとか言ってもいいのかと疑問に思い、そのパルムドール作品である『わたしは、ダニエル・ブレイク』公開前に、時間とお金が許す限りのアーカイブしてみようと思います。

・そしてケン・ローチ初体験映画が、1回目のパルムドール受賞作であるこの映画。ケン・ローチ監督って“取っつきにくい社会派映画監督”だという勝手なイメージがあったので、まず最初はTSUTAYAで簡単にレンタルできて、しかも吹替えがちゃんと付いてて、知ってる俳優(キリアン・マーフィー)が出てるものチョイスしてみました。

・そしたら映画開始10分くらいで、アイルランド人の17歳の少年が、イギリスの軍人に殴り殺されるという衝撃展開からのスタート。

・主人公の兄弟のうち兄貴は、イギリス人にペンチで爪を剥がされる拷問を受け、弟は幼なじみを銃殺しなければならないという苦境に立ち、弟の彼女はイギリス人に頭皮ごと髪の毛を刈られて血だらけにされるという、もう見てらんないよ!な戦争映画でした。

・アイルランド独立戦争からアイルランド内戦にかけて、その兄弟を主軸にした歴史のいざこざ。白人による黒人への人種差別や、ナチスによるユダヤ人虐殺など、戦争というものが起こす理不尽かつ脅迫的な支配を描いた映画で、こういうのを安易にジャンル化してみるのは不謹慎ですけど、でもジャンル化されてしまうほどにどこにでもあるってことですよね。

・僕がよく知らないだけかもしれないですけど、この映画の監督であるケン・ローチさんはイギリス人ですよね? この映画内だとイギリス兵というのがあまりに傍若無人で、巨悪としてなにものでもない描かれ方してるんですが。人を脅すときの「俺を見るな!」ってセリフは、恐怖心ゆえの非人道的な行為をとる人がよく言う言葉らしく、人種差別的な価値観が際立って本当にイライラする。

・中盤でやっとこさ休戦になり(平和だよって表現でみんなが社交ダンスを踊り出すっていうベタなくだりもあり)、一時的に平和が戻るのですが、こんどは英愛条約の内容でアイルランド国内で揉めまくるわけです。条約に批准するとイギリスの“自治領”としてアイルランド自由国を名乗るということになってしまうので、今まで戦ってきた共和派の義勇軍は「それじゃ完全な自由ではないじゃないか!」と反対するわけですね。

・条約に批准してイギリス兵を一時撤退させるか、あくまで完全独立を目指すか(ちなみにアイルランド国内では批准派が多数らしいです。カトリック教会すらも批准派)で、徹底的な議論が繰り返されるのですが、この議論シーン、めちゃくちゃ分かりやすいし面白い! 脚色がプロ仕事で惚れ惚れしちゃう。自由国軍も共和派も、みんな例え話を織りまぜて説明してくれるので、資料を読むよりこのシーンを観た方がすっと理解できそうなくらい。そして、どっちの理屈にも共感してしまう辺りが苦しいとこなんですね。彼や彼女の気持ちもわかるけど、でももう一方の彼や彼女の気持ちもわかる……。

・そしてついに自由国軍側と共和派側でのアイルランド内戦が起きてしまう。皮肉なのが、実はこの内戦、史実では独立戦争よりも犠牲者が多いというね。つまりイギリス相手に戦うよりアイルランド人同士で戦うほうが傷つけ合ってるわけです。

・そしてここがミソなんですが、基本的に自由国軍側も共和派も、イギリスという悪を認めた上での愛国心が動機なわけで、基本は現実主義vs現実主義の話なんですよ。自由国軍側はこれ以上犠牲者を出さないためだし、共和派は貧乏人や子供のための安定した社会を作りたいだけだし、ゆえにこの問題の根深さは数十年先の未来まで解決しないんですね。答えようがないじゃんって感じで。

・そして最悪のラストに、最悪の展開。エンドロールの後味の悪さって、もう死ぬほど苦いじゃないですか(これは褒めてます)。この安易に甘えを許さない作りは、史実をベースにする上で、とても誠実な印象を受けました。誠実すぎてちょっと地味な気もするけど。

・あとこれは不謹慎なことかもしれないですけど、戦争映画なのに、アイルランドのファッションがとにかくオシャレ過ぎる。服を見てるだけでうっとりですよ。特にフェルト帽子ですよね、端役を含めた登場人物のほとんどが被ってるんですが、アースカラーのロングコートにオシャレハンチングとか、2017年でも余裕で通用するカッコよさですよ。しかも用途的にミリタリーなわけで、ちゃんとガッシリした魅力も兼ね備えてる。

・映り込むアイルランドの風土も美しいですよね、あの叢とか緑がめちゃめちゃ綺麗で。その美しさが、現状の辛さをより対比的にくっきり映し出してるようにもみえました。このアイルランドの過酷な歴史を、たった一本の映画でいち日本人がわかったような気になるのは危ないし、そのためにはもっと勉強しなきゃダメなんだけど、それでもここから始めてみる価値は充分にある問題だし、そういう意味でパルムドールも納得の作品だと思う。

・とりあえずケン・ローチ監督は教科書の代わりに映画を作ってるような人なんだなという認識が出来ました。
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