菩薩

東京暮色の菩薩のレビュー・感想・評価

東京暮色(1957年製作の映画)
4.5
上手く行くのも人生であろうが、上手く行かぬもこれまた人生也と、人間そのものも生き様を全て補完するかの様に、憂いと悲しみ、そして悲劇に満ち満ちた一本。終始くすりとも笑わぬ有馬稲子を筆頭に、棘の様な言葉ばかりを吐く原節子、男衆は皆敗残兵の如く背中を丸め、無責任かつどこか無関心に振る舞ってみせる。小津が最後の白黒作品で描いたのは白と黒の黒、陰と陽の陰、光と影の影の部分であり、いやとは言え小津であるならば…と好転を期待する者全てを裏切り続け、登場人物のみならず観る者をも奈落の底に突き落として行く。女を無責任に孕ませた男はひたすら逃亡を続け、やっと合間見えた母は更に新たな男を作り、自殺まがいの事故に遭遇しながら死にたくないを連呼する娘は呆気なく死んでいき、新たな土地に向かう母の見送りに娘は最後までやって来ない。時計の針を巻き戻すかの様に飛び出した家に帰る事を決意しようが、そこに待っているのはまた愛なき家庭なのではないか、また一人、孤独な生活に戻った父を待ち受けるのは、娘を送り出した半分は喜びに満ちた世代交代的な死では無く、反省と後悔、そして自責の念に囚われた無念の死になりはしまいか。全てをやり直したい、そんな事が叶わぬ人生だからこそどう生きるべきか、そして何より、自分こそが己の人生の最大の責任者であると言う当たり前の事実から逃れる事は出来ない、小津がこの作品に込めた思いと言うのは、そんなところにあるのではないかと邪推が働く。ただひたすらに暗く重い作品だからこそ、ラーメン屋の名前の遊びが効いてくる、珍々軒、全ての悲劇の始まりはちんちんであると言うのに呑気なものである…。
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