すずり

天国と地獄のすずりのレビュー・感想・評価

天国と地獄(1963年製作の映画)
5.0
【概略】
靴製造会社『ナショナル・シューズ』で工場の経営管理などを一手に担う常務の権藤。
彼は靴職人からの叩き上げであり、素晴らしい靴を作るという事に大きな誇りを持っていた。

しかし、経営方針での対立から、会社の経営権(株式の占有)を巡って真っ向から対立する重役連中と権藤。
だが、権藤は兼ねてより株式売買の契約を大株主に持ち掛けており、彼は現状の全財産を投じて、重役連中を上回る47%の株を保有する事に成功する...
かと、思われた。

なんとそのタイミングで、彼のお抱え運転手である青木の息子が、権藤の息子と間違えられて誘拐されてしまったのだ。
そして、権藤に要求された身代金は三千万。
果たして、権藤は自身の保身のために株を買いに走るのか、それとも子供の命の為に自らの金を手放すのか...

・・・

【講評】
巨匠:黒澤明が、大ヒット作となった『椿三十郎』に続いて世に放った、超傑作サスペンス。
やはり名監督は何を撮っても面白い!!!

以下、書く事がいっぱいになってしまったので各項目ごとに分けて書いていきます


①サスペンス要素
---本作は、黒澤監督が"徹底的に拘ったサスペンス"を作ることと、当時の誘拐罪の刑罰の軽さへの批判の目的で製作されたそうですが、その拘りぶりは実に見事。
捜査の進展は非常に丁寧かつ時に大胆であり、刑事らしく足で稼ぐシーンも多いです。
それに、登場する警察官は皆有能かつ正義感に溢れているし、割りかし序盤で分かる犯人も切れ者で捜査は中々簡単には進展しません。

この押したり引いたり、近付いたり離れたりのバランス感覚が、本作は非常に絶妙です。
観客を全く飽きさせることなく続く物語の中で、私達はいつの間にかその捜査の渦中に引き込まれてしまうのですね。


②"カラー"の使い方
---本作を語る上で絶対に外せないのは、超印象的な"カラー"の使い所だと思います。
どうやったらあんな印象的なカラーの使い方を考え付くのでしょうか。
もう書きたくて書きたくてしょうがないのですが、この作品の1番の見所なので、泣く泣く割愛。
是非ご自分の目で観て欲しいです。

また、かの『シンドラーのリスト』がこのシーンを大いに参考にしていることも有名ですね。
モノクロ映画というある種の制約を逆手に撮った大胆不敵な演出は、半世紀以上もの時を経た今でさえ、観客を大いに魅せてくれます。


③"動き"
---とかく"動き"に拘った彼の画面の個性も、本作においても遺憾無く発揮されています。
黒澤監督の作品では、キャラクターの心情の反映や、その先の展開の示唆、視覚的な面白さのために、その画面の主役以外の背景や脇役に"動き"を持たせる事が多いです。
「雨は深く沈んだ気持ち」というのは、国語で言えば極々基本的な心情描写ですが、黒澤監督はこの"動き"の部分に並々ならぬ執着を持っていたそうです。

本作では雨や炎といった風景の"動き"は比較的制限されていますが、特に往来を行く民衆の"動き"や、会話に参加している人々の"動き"などが画面端や人物の肩越し・窓越しに映り込むことで画面の印象を強めたり、面白くする事に大きく寄与しています。
本当にただの会話シーンでさえも面白く撮れるのが、黒澤監督の素晴らしさなんですよね...


④社会性
---『天国と地獄』という題の本作。
初めは権藤の置かれた境遇や葛藤に対する比喩なのかな? と思っていたのですが、より示したかったのは、"社会格差"の話だったようです。

見晴らしのいい丘に住んでいる権藤の邸宅が物語の前半の舞台であり、捜査パートではより下町に、さらには薬物中毒者の蔓延るドヤ街へと広がりを見せていきます。
この高台と下層という対立構造の視覚化は、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 〜半地下の家族〜』にも大きなインスパイアを与えたと、監督自身がインタビューで述べています。
そして、壁一枚を隔てて権藤と犯人が向かい合うラストシーンでは、まさに天国と地獄という題に相応しい貧富差の二項対立が、これまた視覚的に分かりやすく表現されています。

昭和の時代から、社会派映画を娯楽に織り交ぜて世に放った黒澤監督の慧眼にはただただ恐れ入るばかりです。

(余談ですが、今でこそ富裕層の再生産としての印象の強い医学部と医者ですが、この時代の研修医は安月給に超激務ととにかく貧困を極めており、まだ医学部人気自体もそこそこだったそうです。時代の変遷が垣間見えるポイントですね)

・・・

ここまで長々と語ってしまいましたが、書く手が止まらないほどにこの映画の魅力は凄まじいです。
黒澤作品という名前に気圧されずに、映画を普段から余り観ない人にも観て欲しい一作です!!!

【総括】
三千万円の身代金を巡る壮大なサスペンス映画。
約束された勝利の名作
すずり

すずり