よしおスタンダード

聴こえてる、ふりをしただけのよしおスタンダードのレビュー・感想・評価

5.0
No.2755

Q. 本作はどのような映画ですか?

A. 今泉かおり監督の長編デビュー作です。
今泉監督は精神科の現役看護師でもあり、夫は「愛がなんだ」や「アイネクライネナハトムジーク」などで高い評価を受けている、今泉力哉監督です。

Q. 子供たちが主役の映画ですね?

A. 突然、母を亡くした11歳の少女(サチ)が、抱えきれないほどの過酷な現実と向き合います。妻を亡くし精神が崩壊していく父との関係や、同級生との葛藤などを乗り越え、再生していく物語です。粗くまとめてしまうとこうなります。

Q. しかし、中身はもっと奥深いと?

A. 映画を「エンタメ・娯楽」として見たら、この映画はまったく面白くないんです。これはけなしているわけでは決してなく、単純に「面白い・面白くない」では測り切れない、その範疇を超えている、という意味です。

開始5分で脱落する人も多いことだろうと思われても仕方ない類の作品です。

しかし、映画を「純文学」として捉えたら、この作品は大傑作です。

本当に、一流作家が書いた素晴らしい純文学小説をじっくりじっくり読んでいるような、不思議な没入感を味わえます。

Q. 映画には「のんちゃん」という、個性的な同級生が出てきますね。はっきり言ってしまえば、発達障害や軽度の知的障害のある子、という設定です。これに関して、何かの小説を連想した、とのことですが?

A. 今村夏子さんのデビュー作『こちらあみ子』を思い出しました。

今村さんといえば、昨2019年『むらさきのスカートの女』で芥川賞を受賞された、私も前から大注目していた鬼才中の鬼才ともいえる作家さんなんですが、

この『こちらあみ子』にも、小説の中で明示はされていないものの、明らかに何らかの発達障害があると思われる女の子が主人公なんです。

この小説の凄さを説明するのは難しすぎるのでこれ以上は割愛しますけれど、はっきりいって衝撃の面白さでした。

その衝撃に匹敵するほどの感情を、この映画にも抱いたんです。

Q. 他に何か連想した作品はありましたか?

A. この映画は「子供版・沈黙 -サイレンス-」という見方もできます。

Q. 「沈黙」というと、篠田正浩とスコセッシが映画化した、遠藤周作の小説ですか?

A. そうです。母を亡くしたサチに対し、周りの大人は「お母さんはいつでもさっちゃんのことを見守っているよ」と語りかけます。その言葉自体にはもちろん悪意はありません。

しかし、さっちゃんはその言葉にどこかしら引っかかりを覚え、自問自答し、大人にも問い返します。

「お母さんが見守ってくれてるなら、どうして私は同級生から嫌がらせを受けたりするの?」と。

これはまさしく、「沈黙」で、神に対し疑問を投げかけるロドリゴのセリフそのままです。

Q. その個性的な「のんちゃん」と、母を亡くした「さっちゃん」との関係性が、この映画では重要なファクターですね?

A. 「さっちゃん」と「のんちゃん」は、まったく違う個性の持ち主ですが、時に、文字通り、二人は「合わせ鏡」なのでは、と思わせるような描写もあり、一筋縄ではいきません。

「さっちゃん」は「のんちゃん」のことを本当に友達として見ているのか、あるいは下に見ているのか、お互いに持て余しているのか、子供が持つ感情の揺らぎ、独特の感性が、実にうまく表現されていると思います。

Q. さっちゃん役の野中はなさん、のんちゃん役の郷田芽瑠(ごうだ・める)さんとも、大人顔負けの演技力です。

A. どうやって2人とも見つけてきたのか、と思うくらいの高い演技力に驚かされます。

子役ながらに、いや、子役だからこそ、監督の意図をしっかり彼女らなりに汲んで、真摯に演技に取り組んでいる印象を受けます。

特に野中はなさんは、「表情を意図的に抑えること」で、逆に心情の複雑な動きを豊かに表現しています。

あまり子供が主役の映画では見られない、長回しのシーンでも(しかもかなりの長回しがあります)、存在感の強さを画面内で維持し続けているのには驚きです。

監督や撮影との相当の信頼関係がないと成り立ちません。

Q. 本作は海外で高評価でしたね?

A. ベルリン国際映画祭で『ジェネレーションKプラス』部門(11歳~14歳の子どもの審査員により賞を選出)に出品され、準グランプリにあたる子ども審査員特別賞を受賞しています。

国内での受賞歴はないようですが、なぜ国内でスルーされてるのか、その辺のところはよくわかりません・・。


57/60
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