きゅうげん

千年女優のきゅうげんのレビュー・感想・評価

千年女優(2001年製作の映画)
4.7
『パプリカ』『妄想代理人』とは異なる今敏監督の一面がわかる作品。

二作がある種のダークファンタジーであるのに対し、この作品は徹底して現実的です。(もちろん、主人公の回想世界へインタビュアーとカメラマンとが入り込む表現的なファンタジーはありますが……)
現実的というのは、ストーリーの下地になっている背景。
戦前・戦中・戦後、主人公の映画だけでなく人生そのものも現代日本社会の上に立脚しています。このリアリティには『パプリカ』『妄想代理人』のファンタジックなものではなく、『パーフェクトブルー』のような非情な現実観が反映されています。
今監督はその不思議で突飛な演出から「鬼才」「奇才」のように持て囃されていますが、しかし根源的なところでは誰よりもリアリスティックな監督なのです。
限られた登場人物を巧みに扱い、ストーリーに深みをもたらす点においても、今監督は業界内でも随一でした。ひとりひとりの背負っている背景を上手に組み合わせ紐付けて一本のストーリーを補強してゆく。主人公の知らぬ所で(ゲンジ本人も分からぬうちに)この作品の謎が明らかにされる所は、わかっていても溜息が出ます。とても味わい深い、素晴らしい作品です。

死出の旅路を意味するであろうラストの宇宙船打ち上げシーンは、映画の冒頭も飾っており(初見時には観る映画を間違えたかと……)、映画的な円環構造と捉えて差し支えないでしょう。
彼女は彼女の映画、そして彼女の人生そのものの円環を生き続けるのです。ラストで「彼を見つけることができても、できなくてもどっちでもいい」というような言葉を残しますが、これは「私は彼を探してる時の私が好き」と言う言葉へ繋がります。
伝説の女優であるのにも関わらず、ひっこみじあんな主人公。ところが彼女のしばしばとる衝動的な行動は、すべてあの初恋の彼を求める気持ちに起因しているのです。
最愛の人を見つけられない顛末はふつう悲劇になりがちですが、巡り巡ってそんな自分をも好きであることに気づけた、壮大なラブ・ストーリーなのです。

ところで「ジブリ走り」なるものがジブリ作品にはありますが、今監督の「走り」にも一癖がどこかあるような。「ジブリ走り」が人物の魅せ方に徹する走法であるなら、「今走り」は画的な魅せ方に徹する走法といえるかも。