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CUTのharunomaのレビュー・感想・評価

CUT(2011年製作の映画)
4.1
シネマは身体であり、身体はそのまま目の前のシネマである。
アミール・ナデリは食わず嫌いだが、これはプリミティブによかった。
文字通り傷だらけ、満身創痍に映画をまま体現する西島の顔は、固有名すら消える「無」の匿名性に何かを賭けている。西島の歴史は、ここを通過している。そのことを忘れてはならない。
あの北鎌倉の墓の前で、小津安二郎先生と呟き、歯を食いしばって真剣なまなざしを贈る彼を、一体誰が、その価値について裁断できるというのか。
言葉なしとはサイレントなのだろうか、身体の声はつまり人声ですらない。唯物的な痛みだ、もはやかつてないシネフィリーという乾いた魂の慟哭は。待機、沈黙の追悼、その誰も知らないまなざしとして、ここには原節子はいないが、常盤貴子の抱きかかえる姿、あるいはそのパンニングにすら、泣けてしまうのは、まぎれもなくこれが映画だからだ。脚本は青山真治だった。
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