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「CUT」に投稿された感想・評価

「映画は真に娯楽であり、芸術である」

「映画は死にかけている」
街頭で訴え、警察に追われる秀二。
映画が作れなくとも、定期的なシネフィルを開催していた。

そこで知らされる兄の死。
ヤクザの兄。プロの回収屋が回収トラブルで殺された。
兄の残した借金、それは秀二の映画3本の製作費。

返済期限は2週間。返せなければマグロ船か、保険金か。
返す当てなどない。
事務所で出会った幹部(でんでん)との諍いから殴られ屋での返済を決意する。
何がそこまで秀二を追いつめるのか。
結局のところ、映画を愛したから。

愛した映画のせいで、兄を失ったようなもの。
愛した映画のおかげで、殴られて、死の淵まで追いつめられる。

だけど、
愛した映画が彼を支えている。
何たる皮肉だろうか。
狂気なんだか、偏執狂なんだかもう(笑)。

もともと見世物的であった映画に芸術は後付け。
けれど芸術的アプローチは否定すべきではないし、そっちで昇華したい映画に対する愛情は解る。

徹底したエンターテーメントを追及する主流というかメジャー。
この作品内で秀二がいう“商業映画”“シネコン系”を頭から否定するのは微妙。

だって、観客は単純に観たいものを観るだけだし。
「映画は真に娯楽であり、芸術である」
二律背反
難しいです。
まぁ、秀二の論理と行動に共感しまくり、感動してた俺様(笑)。
fuki

fukiの感想・評価

3.6
映画のために死ねっていうキャッチコピー気になって観た
なんか自分に映画投影して力もらっとる感じ出す場面メッチャ良かった、わからんけどわかるワァって感じした、分からんけどな
【映画ベスト100のネタバレあり😉】

イランのアミール・ナデリ監督作品。
東京が舞台となる、問題作。
主人公の男は、かなりのシネフィル。
いや、映画そのものかも。
人気がブレイク直前の頃の、西島秀俊が演じている。顔と腹筋がシャープ。

男の冒頭の演説が、全てを物語っている。演出としては、どうかとも考えるが、この監督の思いが深い。


「映画をダメにしたグズどもが、
 映画をダメにしたグズどもが、
 既に映画の芸術的側面は、死に絶えよ  
うとしています。
 今ある映画は娯楽映画と呼ばれるもの
 に、過ぎない。
 だが、かつて、映画が映画であった頃
 それが芸術であり、同時に娯楽であっ  
 た事を、忘れてはいない。
 あの頃の映画を、もう一度、観直して
 下さい。
 シネコンで作っている、あの金儲け主   
 義の、クソ野郎どもの手から、映画を
 取り戻し、本当に美しい映画の光を探
 し戻せば、映画は必ず、よみがえって
 くれます。
 死ぬなら、勝手に自分たちで死ねばい
 い。
 だが連中は、映画をその巻き添えにし
 た。
 どんどん、小さな檻の中に、コオロギ
 でも飼うように、押し込めて、あげく
 、殺してしまった。
 そんな事を許してはいけないのです。
 映画は、我々と同様、この世界に存在
 しなければならない。
 本物の映画とは、そうゆうものである
 筈です。」

オイラは、この演説に80%、同意します。

シネコンに、目当ての映画がなくて行った場合、洋画は大味そうなアクション映画ばっかりで、邦画はアニメか、高校生レベルの恋愛映画で、観るべき映画が見当たらない場合が、結構多くて。その場合は、完全に同意。

ただし、スタジオ・システムの中で、例えば、小津安二郎が華麗なるルーティン・ワークを、松竹において、春秋、年二回行えた事。これは、集客が出来る、他の松竹の娯楽映画が、数々あってこそ、出来たのだと思う。

なお、この演説の、「映画」を、(現在の日本の)「政治」と読み替えると、戦慄させるものがある。沁みる。

ストーリーは、主人公の男が、兄の闇金から借りた借金を、短期間に完済するために、「殴られ屋」になる。『レイジング・ブル』の様に、自らを奮い立たせる男の姿、土を踏みしめる足音。

殴られた後のただれた男の顔の特殊メイク、そして、簡略化された舞台装置が見事。

男気のある幹部役の菅田俊、そして、レフリーみたいな役どころの、笹野高史が好演。

そして奇しくも、その晩年に於いて、芸術主義に戻った、大林宣彦監督。彼の最後のミューズになった、常盤貴子が登場する。一見クールだが、瞳の奥が優しく、救われる思い。

唐突に、黒澤明、溝口健二、小津安二郎と、日本映画三大巨匠の、お墓参りもしてくれる貴徳な映画。

オイラも『雨月物語』の光の中で癒されたい。

さて、映画の終盤に於いて、映画の分身みたいな男は、殴られながら、薄れ行く記憶の中で、100本の映画を追憶する。
 
映画史上かつてなかったであろう、斬新な構成。


ここで、ネタバレになります。
その100本のカウントダウンを書きます。

カウントダウンについて

・2000年までの映画なので、古い映画が中心。

・邦画については、相米慎二、大島渚、寺山修司、勅使河原宏などの、渋いところが選ばれているので、全体が、信頼出来るリストに成っていると思う。そして、ナデリ監督はとても、日本映画をリスペクトしているのかがわかる。

・ハリウッド大作は、注意深く避けられている。

・様々な国の映画が選ばれている。(去年、日本で公開された『サタンタンゴ』も)

・一個一個、DVDを止めて、記録したオイラの労作です、しかも英語表記だった😂

・全ての作品が、フィルマークスに登録されていたので、流石🎵

in no particular order (特に決まった順序もなく)、以下の100本(実際には102本)の作品。

100~91
『福祉』 1975 フレデリック・ワイズマン 
『水の中のナイフ』 1962 ロマン・ポランスキー 
『紅いコーリャン』1991 チャン・イーモウ
『風』1928 ヴィクトル・シェストレム
『ピショット』1981 ヘクトール・バベンコ
『ゴングなき戦い』1972 ジョン・ヒューストン
『厳重に監視された列車』1966 イジー・メンツェル
『揺れる大地』1948 ルキノ・ヴィスコンティ
『フープ・ドリームス』1994 スティーブ・ジェイムス

90~81
『血を吸うカメラ』1960 マイケル・パウエル
『デカローグ』1989~1990 クシシュトフ・キエシロフスキ
『怪談』1969 小林正樹
『路(みち)』1982 ユルマズ・ギュネイ
『HANA-BI』 1997 北野武
『カンバセーション 盗聴』1974 フランシス・コッポラ
『親』1929 清水宏
『狩人の夜』1955 チャールズ・ロートン
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』
1984 ジム・ジャームッシュ
『マルメロの陽光』1992 ビクトル・エリセ

80~71
『イレーザー・ヘッド』1977 デヴィッド・リンチ
『霧の波止場』1938 マルセル・カルネ
『シシリーの黒い霧』1962 フランチェスコ・ロージ
『ジプシーのとき』1988 エミール・クストリッツア
『トータル・バラライカ・ショー』1992 アキ・カウリスマキ
『密告の砦』1966 ヤンチョー・ミクローシュ
『ことの次第』1982 ヴィム・ヴェンダース
『道』1954 フェデリコ・フェリーニ
『Hole』1998 ツァイ・ミンリャン
『ナッシュビル』1975 ロバート・アルトマン

70~61
『女と男のいる歩道』1962 ジャン・リュック・ゴダール
『マニラ 光る爪』1975 リノ・ブロッカ
『フィッツカラルド』1982 ベルナー・ヘルツォーク
『ペパーミント・キャンディ』1999 イ・チャンドン
『ハラ(不能者)』1975 ウスマン・センベーヌ
『ブリスフリー・ユアーズ』2002 アピチャートポン・ヴィーラセタクン
『スール その先は愛』1988 フェルナンド・ソラナス
『アントニオ・ダス・モルテス』1969 クラウベル・ローシャ
『美しきいさかい女』1991 ジャック・リヴェット
『めまい』1958 アルフレッド・ヒッチコック

60~51
『カメラを持った男』1929 ジガ・ブェルトフ
『ショック療法』1963 サミュエル・フラー
『カッコーの巣の上で』1975 ミロス・フォアマン
『赤い河』1948 ハワード・ホークス
『ヴァン・ゴッホ 最後の70日』1991 モーリス・ピアラ
『旅芸人の記録』1975 テオ・アンゲロプロス
『アルジェの戦い』1966 ジッロ・ポンテコルヴォ
『歴史は女で作られる』1955 マックス・オフュルス
『書を捨てよ町へ出よう』1971 寺山修司
『サタンタンゴ』1994 タル・ベーラ

50~41
『童年往時 時の流れ』1986 ホウ・シャオシェン
『少年』1969 大島渚
『浮雲』1955 成瀬巳喜男
『不安と魂』1974 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
『群盗』1996 イタール・オルセアーニ
『アッカトーネ』1961 ピエル・パオロ・パゾリーニ
『楢山節考』1983 今村昌平
『自転車泥棒』1948 ヴィットリオ・デ・シーカ
『大砂塵』1954 ニコラス・レイ
『裸の島』1960 新藤兼人

40~31
『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』1976 ジョン・カサベテス
『太陽はひとりぼっち』1962 ミケランジェロ・アントニオーニ
『突撃』1957 スタンリー・キューブリック
『砂の女』1961 勅使河原宏
『クローズ・アップ』1990 アッバス・キアロスタミ
『サンセット大通り』1950 ビリー・ワイルダー
『木靴の樹』1978 エルマンノ・オルミ
『魚影の群れ』1983 相米慎二
『サムライ』1967 ジャン・ピエール・メルビル
『ケス』1969 ケン・ローチ

30~21
『単純な出来事』1973 ソシラブ・シャヒド・サレス
『野生の少年』1970 フランソワ・トリュフォー
『レイジング・ブル』1980 マーティン・スコセッシ
『羅生門』1950 黒澤明
『M』1931 フリッツ・ラング
『野いちご』1957 イングマール・ベルイマン
『大いなる幻影』1937 ジャン・ルノアール
『ビリディアナ』1961 ルイス・ブニュエル
『第三の男』1949 キャロル・リード
『恐怖のまわり道』1945 エドガー・G・ウルマー

20~
『プレイ・タイム』1967 ジャック・タチ
『イントレランス』1916 D・W・グリフィス
『グリード』1924 エリック・フォン・シュトロハイム
『戦火のかなた』1946 ロベルト・ロッセリーニ
『東京物語』1953 小津安二郎
『極北の怪異』1922 ロバート・フラハーティ
『アンドレイ・ルブリョフ』1966 アンドレイ・タルコフスキー
『街の灯』1931 チャールズ・チャップリン
『少女ムシェット』1967 ロベール・ブレッソン
『キートンの大列車追跡』1926 バスター・キートン、クライド・ブラックマン
『裁かるゝジャンヌ』1928 カール・テオドア・ドライエル

12 『大地のうた』1955 サタジット・レイ
 
11 『戦艦ポチョムキン』1925 セルゲイ・M・エイゼンシュテイン

10 『2001年宇宙の旅』1968 スタンリー・キューブリック

9 『晩春』1949 小津安二郎

8 『捜索者』1956 ジョン・フォード

7 『サンライズ』1927 F・W・ムルナウ

6 『蜘蛛巣城』1957 黒澤明

5 『月世界旅行』1902 ジョルジュ・メリエス

4 『アタラント号』1934 ジャン・ヴィゴー

3 『雨月物語』1953 溝口健二

2 『8 1/2』1963 フェデリコ・フェリーニ

1 『市民ケーン』1941 オーソン・ウェルズ

(『市民ケーン』に加わる、この映画の二重写しは余分だな。)

(あとは、語尾などの微推敲)
oVERSON

oVERSONの感想・評価

4.7
映画について語る映画は山ほどあれど、映画のことしか語ってない映画はこれだけかもしれない。
2021-221
YK

YKの感想・評価

3.0
主人公がほとんど殴られ続けていて顔もひどいが、暴力シーンであるのに暗い、痛い気持ちには一切ならない、むしろ殴られれば殴られるほど力が湧いてくる不思議な映画。
ナデリ監督の映画に対する愛情、情熱が伝わってくる。
あんず

あんずの感想・評価

3.9
~過去鑑賞作品を探してみようシリーズ~

「花束みたいな恋をした」を鑑賞したら、過去の恋愛やデートを思い出すことになった…そんな中、花束みたいな映画体験をしたことを思い出したので、残そうと思う。

劇場公開時、シネマート新宿へ行くと、シアターの入口前に小さな机に座る外国人男性が。だれ?と思っていたら、それはアミール・ナデリ監督ご本人だった‼️映画監督なんて、舞台挨拶とかでしか見たことないし、突然のサプライズでもう興奮して、もちろんパンフレットにサインをして頂いた。監督はとても温かくて気さくな雰囲気の方だった。通訳兼アシスタントのような方から、監督のメールアドレスを渡され、感想など日本語でもいいから送って下さいと言われた。

ナデリ監督作品を観るのは初めてだし、映画マニアでもない自分が感想なんておこがましいと思いながらも、感動と感謝をお伝えしたくて、送ってみた。

以下、当時のメール

『本日、拝見しました。監督や俳優さんたちの映画への情熱、愛を強く感じました。情熱や信念を持って生きる人間の強さ、逞しさに圧倒され、身体一つで闘い続ける秀二の美しさに痺れました。作品からパワーを頂きました。ありがとうございます。TSUTAYAでHANA-BIを借りて帰りました。CUT に出てきた映画を含め、これからも沢山映画を観ていきたいと思います。監督もお体に気をつけて、映画を作り続けてください。』

すると、間もなく、何と監督ご本人から返信が送られて来てビックリ‼️すごく素敵な文で、私にだけではなく、映画ファン全てへのメッセージなので、原文のまま掲載。

『First of all I am so glad that you start with Hanabi, which is a great film.  People like you give me encourage to make a film like CUT.  I wish you come over again after watching Hanabi, and we can talk about it as well as cinema, art, and life.  Everyday I am at Cinemart Shinjuku.

CUT. 』

※これまでどんな作品を観て来たのか確認してみようと思い立ち、とりあえず観たものをマーク。なので、レビューはざっくり。再鑑賞したら、レビューは追記するかも。
キャッチコピーは、
「映画のために死ね」

イラン人である監督が邦画として作った作品。

「ノルウェイの森」だったり外国人監督の邦画がなぜか苦手なのだが予告と西島秀俊さんに惹かれレンタルしたものの結局苦手だった。

舞台は日本のはずなのに日本らしさを感じなくこれ、なにを見ているのだっけ。となってしまった。

西島秀俊さん演じる秀二の映画好きで作品を作ったり上映会をしたり演説したり死んでいる映画をなんとかして生き返らせようともがく様子は良かったのだけれど、お兄さんのくだりからなにからしっくりこず。

脚本をそうする必要はあったのだろうか。という疑問がたくさん。

根本的にストーリーとテーマにズレを感じたのだけれど、、

あと常盤貴子さん演じる陽子の役の必要性もよく分からなかったしそれこそ常盤貴子さんでなかったほうがよかったのではと。なんだか期待してしまった。

笹野さんだったりでんでんさんという脇役の固め方はよかったと思うのだけれどな。

現代の映画は死んでいる、エンターティメントという横文字に踊らされているなどのメッセージ性はよかったのだけれど、この作品こそ最高な生きている映画だ。と言えるのかと言われたら言えない複雑さ。

もっとうまくメッセージを伝えられなかったのか。テーマがおもしろいだけに残念。
Ayako

Ayakoの感想・評価

3.0

このレビューはネタバレを含みます

インディペンテント系映画監督の修二に突然降りかかる兄の訃報。残されたのは、自分の映画制作費を賄うために兄がヤクザに借りていた巨額の借金。2週間という短い期限の中で借金返済のために、殴られ屋として、兄が命を落とした場所に無謀にも立ち続け、拳を受け続けるという狂気的な映画愛を昇華させた一本。

ナデリ監督と西島さんの真摯な映画愛が伝わって来る魂のこもった一本でした。愛する映画のために不器用でも、無様でも、真っ直ぐに向き合う修二の姿は二人の映画に対する想いの投影(現実世界ではここまでの行動は取れないけれど、このくらいの覚悟で映画を日々撮っているという想い)なのかなと感じました。

例えば、冒頭のアート系の映画が行き場を失いつつあることに危機感を覚え、街中での演説活動やアート系の名作品の上映会など、警察などに追われながらも精力的に行うシーン。もっとスマートなやり方がいくらでもありそうなものの、敢えての地道な活動を選んでいるのも、純粋な気持ちで映画に向き合いたいという気持ちを投影していたり、商業主義的な側面に対抗しているのかなと。

言わずもがな、借金返済のため、再び映画を撮るために拳を受け続けるシーン。正直、私はこの手の暴力的な描写は得意ではないものの、映画への想いを叫びながら自分を鼓舞しながら痛みに耐える修二の姿は圧巻で、特に最終日に名作映画100本でカウントしながら、100発殴られ続けるシーンは、お墓で黒澤監督に問い掛けるシーンと同様、往年の巨匠たちをリスペクトする気持ちや並々ならぬ映画愛を感じました。ラストは敢えて映像としては見せず、「カット」と力強く発する修二のセリフで終わっているのも清々しく、それまでの泥臭い血まみれのトーンとは良いコントラストを醸し出していて良かったです。

脇を固める助演陣も素晴らしく、修二の殴られ屋業を支えるヒロシ役の笹野さんと陽子役の常盤さんの姿が印象的でした。

見た後に考えさせられるのは、修二とはどんな映画監督なんだろうという純粋な疑問。アート作品をこよなく愛し、映画に対して狂気的なまでに愛を捧げるシネフィルで、過去に製作した3作品は、上映の機会も十分に与えられず、まだ監督として世間に認められていないという点は作中でも触れられているものの、どのような作品を作っていたのかなど、肝心の映画の中身に関する情報は一切明らかにされていません。それでも一つ言えることは、とんでもなく求心力のある人たらし的な人物というか、映画に真摯に向き合う彼の姿には人を惹きつける力があったのではないかということです。そもそも、真吾が巨額の借金を背負ってまで修二の映画の製作資金を調達するというのも、いくら実の弟のためとはいえ並大抵のことではないと思いますし、また、修二が殴られ屋稼業を始めた際にもヒロシさんと陽子さんという献身的にさせてくれる味方を見つけています。(余談にはなりますが、常盤さんの控えめだけれども出てくると観ているものが安心する絶対的な母性を感じさせる陽子さんはとっても素晴らしかったです!)また、映画談義仲間のナカミチも時に過激すぎる行動に出てしまう修二を敬遠せずに仲間としてい続けるところからも、只者ではない、修二の魅力が伝わってきます。関わると厄介ごとに巻き込まれそうなのに、それを承知で周囲が思わず味方についてしまう、そんな求心力のある人物なのかなとふと感じました。

商業主義的な側面に芸術としての側面が押されがちな昨今の映画業界。修二も劇中で言っている通りで、娯楽的な映画が悪いわけではなく、アート性の高い映画のための場がなくなりつつあり、映画が映画でなくなるというのは一種の危機であり、とても寂しいことだなぁと改めて思いました。全てを明確に語り切らず、観客に解釈を委ねるタイプの作品を観た後の心地よさ(脳みそフル回転した後の気持ちがいい疲労感)や、見た人同士ああでもない、こうでもないと語らう楽しさがもっと多くの人に伝わり、いろんなタイプの作品が日の目をみることのできる環境が整うことを切に祈ります。
(本当は、そういうアート系映画の楽しみ方みたいなものを作中に盛り込んでたらよかったのかもと思いつつ、そんな説教くさい野暮なことをしていないのがむしろ好ましかったり・・・)
3786

3786の感想・評価

3.4
すごかった。西島秀俊の狂気の沙汰と映画愛。ラストのあの演出、僕の中である意味トラウマとして残っている。飾らないようで一番「映画に向けた映画」だと分かった。もう一回ちゃんと観たい。
たかし

たかしの感想・評価

4.0
ここまで映画への愛とこの先の時代の映画をよくしたいという真っ直ぐで嘘のない邦画をはじめて見た。
痛々しく、見るのが苦しく、たまらないかもしれないがとても美しく傷一つないまっさらな映画好きの映画だと感じる。
西島秀俊さんの冷静で優しい表情から胸に秘めた熱い思いが爆発するその怒りの様がかっこよく、役者を目指して本当によかったと感じた。
自分が好きなものにこれほど没頭し、その他は何も見えないくらい一つのものを好きで居続け、誰かのためにそれを貫くことを芸術と言わずして何を芸術という。
この作品は映画という芸術作品の一つである。
今後も一映画好きとして芸術的な魂の叫びの映画が増えて欲しいし、見たい。
常盤貴子さんが綺麗だった。
映画には綺麗なヒロインもかかせませんね。
一人いるだけで映画全体を惹きつける。
でんでんさんも最高だった。
もっとみていたい。
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