雅治

THX-1138の雅治のレビュー・感想・評価

THX-1138(1971年製作の映画)
3.5
「THX-1138」は若き日のジョージ・ルーカスが監督を務めたSF映画(製作総指揮はフランシス・コッポラ)。全ての描写が最初から最後まで異様な程に非人間的な、あらゆる人間味、ヒューマニティ、人間的感情の一切を突き放した独特の映画です。僕の中でジョージ・ルーカスは、スターウォーズシリーズなどのハリウッドの大作娯楽映画の大物製作者としてのイメージだったので、彼がこのような、ハリウッドの大作娯楽映画とは対極にある、人間の一切を拒絶した気持ちを全面に出しているかのような映画、プライベートフィルム的前衛実験映画の監督を務めていたということに驚きましたね…僕のなかでジョージ・ルーカスのイメージが変わりました。僕が思っていたよりずっと複雑な陰影を持つ映画製作者なのだと思いました

「THX-1138」は、CUBE、リベリオン、マトリックスなどの名だたる映画の元ネタ・オマージュ元になったとされ、日本の作品でも、アニメ作品「イヴの時間」などがオマージュを捧げていますが、THXにオマージュを捧げたこれらの作品とTHXは根幹的に異なると思います。CUBEにしてもリベリオンにしてもマトリックスにしてもイヴの時間にしても、人間性、人間の思いやりとか優しさとか愛情みたいなものを大切にして、それが映画のかけがえのないベースとしてある。これはハリウッドの主だったほぼ全ての映画のベースとなっているものですね。「THX-1138」はそういった人間性の一切を意図的に排除した映画です。物凄く人間を拒絶している映画であり、世界というものを非人間的な絶望の塊として描いている映画です。ハリウッド映画のベースたる人間愛の感性とは全く対極にある映画ですね。徹底して非人間的、人間を突き放し人間を否定しているところに「2001年宇宙の旅」「未来世紀ブラジル」

「THX-1138」は、CUBEを彷彿とさせるような非人間的な人工環境の中で精神を薬物でコントロールされている人々が生きている社会の物語ですが、その展開はハリウッドの物語の文法とは明らかに違う。普通のハリウッドの物語なら、人工環境の中で人間性を失っている主人公が人間性を取り戻してゆくという話になるんですが、この映画の登場人物達は、最初から最後まで人間的ではなく(僅かな人間性として、肉体の苦痛に対する条件反射的なものだけが人間的なのですが、その苦痛も人工環境による人間制御の一環として描かれている)、環境も人間自身も最初から最後まで人間を否定しています

そして、ラストシーンが衝撃。ただひたすら、人工環境から逃げ続けた主人公はついに、人工環境の外に出るのですが、外部の世界は、自然の無慈悲さを感じさせる、圧倒的な死の世界だった。この映画において、どこにも救いはないんですね。人間の生存の為に作られた非人間的な人工環境の中で、一切の人間性と無縁な一つの歯車として生きるか、自然環境の圧倒的な無慈悲さの中で絶望しながら死んでゆくか、どちらかしかない。外にも内にもどこにも救いのない世界を、人間を物凄く突き放した、非人間的な冷たさを感じる、モノを観察しているような俯瞰で描いている映画です。映画の「2001年宇宙の旅」「未来世紀ブラジル」やオーウェルのディストピア小説「1984年」を彷彿とさせますね。人間というものに対する冷めた眼差しが果てしない空虚を感じさせます

「THX-1138」、万人向けではない映画ですが、僕は好きです。娯楽性の少ない、思索的・前衛的な実験映画の視聴が大丈夫なお方々には、ぜひ一度ご覧になって欲しい、ディストピアSF映画の傑作と思います。未来世紀ブラジルとか好きなお方々にお勧めですね。1971年製作の映画ですが、核エネルギーとそれによる放射能漏れが死と絶望の象徴として描かれており、今の日本を思うと驚くほど現代的ですね。1971年製作とはとても思えない無数の予見性を持つ映画でして、ルーカスは優れた映画製作者として未来を見る力があるのだなと感じます

ただし、お話自体は退屈ですので、万人受けはしない
雅治

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