猫脳髄

風の中の牝鷄の猫脳髄のレビュー・感想・評価

風の中の牝鷄(1948年製作の映画)
3.9
小津の映像的こだわりを十二分に感じられる一方で、ストーリーは後の「東京暮色」(1957)に並ぶウツ展開である。

戦後、夫・佐野周二の復員を待つ田中絹代。貧しいなかを何とかヤリクリするが、幼い息子の医療費を賄うためにやむを得ずひと晩だけ売春に手を染めてしまう。彼女は後悔を滲ませ、ようやく復員した夫に正直に告白してしまう。佐野はショックを受け、夫婦関係が危機に瀕する…という筋書き。

小津の撮影手法はすでに確立しており、随所に小津ごのみが散りばめられる。地域をコンパクトにまとめているため、同じ背景のショットが繰り返されるのが印象的。本作のクライマックスである田中絹代の「階段落ち」は、実はそれ以前のシーンで佐野が投げる空き缶が階段を落ちる描写で予告されており、見事なシークエンスとなっている。

小津映画ではまれなバイオレンス・シーン(「宗方姉妹」(1950)ではこれまた田中が山村聡に打擲される)であるが、計算し尽くされた映像美が強烈な印象を残す。

ストーリーは一見、戦後残酷物語という風で、暴力描写にもかかわらず、美談風に締めくくられるのは現代では受け入れがたい。しかし、敗戦の挙句、家族の危機に何ら行動できなかった男が爆発させた暴力性は、実は「家族像の崩壊・変化」という小津の一貫したテーマの契機ではなかろうか。男たちは敗北により去勢され、ヒビの入った父権制は、この後の作品でどんどん衰退していくのである(14/37/54)。

※黒沢清が「松竹映画100年の100選」で本作をあげている。さすが「階段落ち」のクロキヨ。
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