嵯峨

ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!の嵯峨のネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

すげえ面白かった。ギャグも良かったし、AVに出てる男優見てポール思い出すところとか吹き出しそうになった。あと、「生徒会なんて誰に投票しても同じ!!」ってタミーが演説するところも「いや、それまじで高校の時ずっと思ってたわ!!」って感じで。大変素晴らしかった。

超個人的解釈ではあるんすけど、この映画1999年の映画で、何故か僕は1999年の映画がとても好きなんすよね。で、割と1999年の映画には似たテーマがあると思っていて。「マトリックス」にしろ「ファイト・クラブ」にしろ「アメリカン・ビューティー」にしろ「マグノリア」にしろ「マルコヴィッチの穴」にしろ「シックス・センス」にしろ。・・・「シックス・センス」はちょっと違うかもだけど、なんかどの映画も意識的にしろ無意識的にしろ「自己否定」ってのが描かれてると思うんですよね。「ファイト・クラブ」なんかはモロだけど、この映画も本当にそういう映画だなと感じました。
例えば最初の先生のナレーションと実際との違いとかトレイシーが何故あんなに頑張るのかとか、きっと自分では無い何かに憧れてるワケで。逆にポールなんかは、この映画でほとんど唯一好感が持てるというか人格が破綻していないキャラクターでもあるんだけど、良く言えば非常に素朴。だけど悪く言えば「自分がない」とも言えるわけで、ある意味何も考えず生きてそれなりに幸せに生きていけるというフォレスト・ガンプみたいな奴なんすけど。「キャラクターに深みがない」と言われてたけどその通りで、全く何も考えてない多分自分ではほとんど何もできなかったんだろう奴だとやや皮肉っぽい描かれ方しているようにも見えました。ある意味で人生完結しちゃってる奴。

逆に先生は楽観的なんだけど、不倫相手もさほど美人でもない、だけど不倫しちゃうってセックス時の結構ゲスな演出も笑っちゃうけど、あの演出一つとってもやはり今の自分を否定することが根底にあるように思えました。
トレイシーもきっと何か自分にもっと!!っていう努力で、結果的に人を破滅させることになってもそれで成り上がってくってブラックコメディっぽさもあるんだけど。じゃあトレイシーは結局何かに成れるのかっていうと、先生やタミーのように新たな人生=自分ではない何かになれたの対して、高校時のトレイシーの延長線上にある人生、つまり結局は何にもなれないってお話なのかなあと思い、まさに社会風刺的でブラックコメディだなと思うラストでした。
嵯峨

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