青眼の白龍

悪の力の青眼の白龍のレビュー・感想・評価

悪の力(1948年製作の映画)
4.0
『ボディ・アンド・ソウル』の脚本を手がけたエイブラハム・ポロンスキーと主演ジョン・ガーフィールドによる社会派サスペンスの異色作。数当て賭博を牛耳ろうと企む悪徳実業家の顧問弁護士とその兄を中心に社会制度の腐敗と善悪が描かれる。賭博を取り巻く人間の欲望を描いたキューブリックの名作『現金に体を張れ』とは異なり、本作では人間存在よりむしろ社会制度自体(それを支える人々)の欺瞞を暴き出そうと試みる。
 40年代のフィルム・ノワールとしては確かに異色作だが、80分未満という尺の短さもあり登場人物の多くがステレオタイプという印象は拭えない。実業家タッカー(本作の下敷きになった原作小説の題名は『タッカー一味』)やギャングは救いようのない社会悪であり、対照的に主人公と恋に落ちる女性ドリスは道徳心に従って決断する純粋善でしかない。また、ジョーは悪徳弁護士だが兄リオへの恩やとの出会によって善性との間で揺れ動き、反対にリオは善人であるが貧困と誘惑の狭間で激しく苦悩する。すなわち真反対の立場から善悪が交錯する両者の葛藤が物語の主題となっている。
 本作の主題を考察する上で製作当時の社会的背景、とりわけ反共主義運動=レッドパージを知ることは非常に重要である。ハリウッドにおける赤狩りといえば喜劇王チャーリー・チャップリンの追放や『ローマの休日』の脚本家ドルトン・トランボをはじめとするハリウッド・テンが有名だが、本作のポランスキーおよびガーフィールドもまた赤狩りの対象となったことで知られている。善良な労働者が違法賭博に手を染めることの是非でなく、むしろ民衆が悪徳に手を染めざるを得ない資本主義的システムの腐敗を痛烈に皮肉った本作は、まさしく共産主義的価値観の反映と言えるだろう。(ハリウッドとレッドパージを描いた映画作品はジム・キャリー主演『マジェスティック』やコーエン兄弟による監督作品『ヘイル、シーザー!』がある)
 公開当時は『ボディ・アンド・ソウル』ほど支持を得られなかった本作であるが後世に至って再評価され、現在では傑作ノワールとの呼び声も高い。マーティン・スコセッシ監督は本作に影響を受けたと公言しているが、確かにレストランの襲撃シーンなど既視感を覚える場面も見られた。些か簡略化されているものの、前半のリアリズム溢れる構成とは異なりクライマックスの展開は一転してドラマチックだ。作中の台詞でもカインとアベルの逸話が引用されているように、本作は二人の兄弟を翻弄する運命の皮肉を描き出した普遍的な寓話とも言える。