みゅうちょび

テナント/恐怖を借りた男のみゅうちょびのレビュー・感想・評価

テナント/恐怖を借りた男(1976年製作の映画)
3.7
これって、もう、ロマン・ポランスキー自身が演じることに意義がある!みたいな話。

ポーランド人である彼はドイツでも両親がアウシュビッツに送られたり、フランスでも迫害され、アメリカでは妊娠中の妻をカルト集団に惨殺されるという不遇な人。

そんな彼が、落ち着ける自分の居場所を求め、ただひっそりと平和に暮らしたいだけなのに、1つの調和が崩れるとそこからどんどん精神のバランスが崩れていくという役所を演じる。
1つ1つの出来事が、少しずつ主人公の精神にヒビを入れていく感じが不気味。

ネタバレ注意

なんたって、やっと見つけたアパートは、その部屋から飛び降り自殺を図り、まだ病院のベッドで生きている女の住んでいた部屋。その女が死ねば部屋は自分の物になる。主人公は、ただその女が不憫で見舞ったわけではないだろうし、その女が死んで、結局部屋を手に入れるわけだ。
おまけに、その死んだ女の友達だという女に誘惑にほいほい乗ったり、悪気のない顔をしているけれど、なんとも不謹慎な男なのだ。家主にも自分は迷惑はかけない真面目な男とアピールしながらも、引っ越し祝いと称して大して仲が良いわけでもない職場の仲間を部屋に呼んだところ、煩いと注意をされたのに悪ふざけが止まらない友人たちにも穏便に帰ってもらい、翌朝には家主の顔色を伺う。

この男、まったく自分というものがない。人の顔色ばかり気にして、なるように任せて生きている。

カフェでは、自分の注文は無視され、死んだ女が毎日飲んでいた飲み物やタバコを勧められ、まぁ良いかと受け入れてしまうようなそんな男。この時の彼はなぜ、女の好みを受け入れたのか?女の死は、彼の心に1つの罪の意識として残っていたに違いない。そして、それが後に、自分を追い込む大きな要因にもなったのだろう。

男は、次第に隣人たちが自分を死んだ女と同じように自殺に追いやろうとしているという妄想に囚われ始める。

ポーランド人(ユダヤ人)として迫害を受けてきた主人公にとって己の存在を消すというのは、ごく自然に身についた習性なのかもしれない。こんな役を、もちろん自身もポーランド人であるポランスキーが自分で監督し自分で演じるとなれば、それはもー皮肉たっぷりに描くのも当然かもしれない。

あのラストは、彼が本当に存在していたのかすら疑問になるようなラストで、なんとも笑えないが「どうだ、おかしいだろ、笑ってやってくれ」と言わんばかりに思われる。

ポランスキーが監督し、自分で主演を務める。自分のことだから、面白おかしくも語れる。そんなところがまた実に陰湿で不気味でもある。
みゅうちょび

みゅうちょび