三樹夫

テナント/恐怖を借りた男の三樹夫のレビュー・感想・評価

テナント/恐怖を借りた男(1976年製作の映画)
3.7
『反撥』、『ローズマリーの赤ちゃん』に続く、部屋の中にいたら頭おかしくなるポランスキーの反引きこもり映画3部作の3作目。パリのアパートの一室を借りた男が頭おかしくなっていき、前の住人の女と精神的に同化しだすという不条理もの。

見るからに化け物屋敷みたいな風水師が泡ふいて逃げだしそうなアパートに部屋を貸してくれと現れた男。ポランスキーが監督も兼任し演じている。前の住人が投身自殺を図った部屋が空いていると、とんでもなく縁起の悪い、絶対不吉なことが起こるだろう部屋に住むこととなった。実は前の住民シモーヌはかろうじて生きており、病院を訪ねるとそこでイザベル・アジャーニに出会い、しかも仲良くなって映画館デートまでして、『燃えよドラゴン』を観ながらイチャつきだす始末。ウソつけ、『燃えよドラゴン』で発情するわけねぇだろと、所々シュールなコメディが挿入されもする。
部屋で過ごすうちに住民から騒音がうるさいだのガミガミ言われ精神的に追い詰められていく。さらに煙草をゴロワーズからマルボロに変えたり、シモーヌが残していった服を着て女装しだすなどどんどんシモーヌに同化していき、完全に頭がおかしくなり最終的には『ローズマリーの赤ちゃん』のラストみたいな感じになる。

ストーリーだけだと前の住民に同化していく不条理スリラーかと思うが、実はこれはユダヤ人迫害のメタファーになっている。先に『パリの灯は遠く』を観ていて、この映画ももしやと思って調べたらやっぱりそうだった。劇中ユダヤ人という単語は一切出てこないが、これはユダヤ人についての話なんですよと指し示すものが色々配置されている。まず監督のポランスキーがアウシュビッツに連れていかれたポーランド系のユダヤ人であること。そして映画の舞台がフランスとなっているが、フランスはドイツ占領時にユダヤ人迫害に思いっきり加担した歴史があること。大家のジジイの「お前は外国人だろ」という台詞があるが、つまりお前はユダヤ人だろということを意味している。主人公はポーランド系フランス人で、警察でも外国人かと訊ねられる。部屋の壁に穴がありそこに歯が隠されていたが、強制収容所でユダヤ人が手記などを穴を掘って埋め隠していたこと連想させるものだ。
他にも調べると、主人公のクズ同僚の部屋に音量下げて下さいと頼みに来た住人が着ている縦縞のパジャマは強制収容所でユダヤ人が着せられた囚人服を意味するもので、クズ同僚や大家のジジイが言う警察署長は、ドイツ占領時に積極的にユダヤ人狩りに加担し戦後も罰せられることなくパリの警視総監になったモーリス・パポンのことを意味しているらしい。モーリス・パポンは1961年にもアルジェリア独立を支援するデモをしたアルジェリア系フランス人を逮捕し、死体を焼却してしまったため正確な数は分からない多くの人を殺害したと言われている。

住民から嫌がらせを受け精神的に追い詰められる様にユダヤ人迫害が重ねられている。『火の鳥』異形編のようなループは、こういった差別が延々繰り返されることが示唆されている。主人公のクズ同僚は、見るからに有害な男性性の塊みたいな奴の上に流し台で小便までしやがる嫌な奴だが、自分の部屋で大音量で軍歌を流しだす右翼となっている。つまり進んでユダヤ人迫害に加担するような奴ということだ。
主人公は精神的に追い詰められていき、現実か幻か分からなくなっていく。主人公の精神的な不安定さを、歪な螺旋階段と廊下というドイツ表現主義的な手法で表したり、窓側へ向かって歩いていく度に小さくなる主人公(窓側に近づくほどベッドや椅子のセットが大きくなっており主人公が小さくなっていくような視覚のトリックが使われている)で表現されている。シモーヌの病室を訪ねたシーンでの、この世のものとは思えないもの凄いうめき声などポランスキーの演出力の高さが光る。
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